無下限呪術を, 力学的に考察してみた
2024/10/19 更新
気づけば完結となった『呪術廻戦』. 今さらだが数学的に扱いやすい「五条悟の術式」について考え, 特に基本的な "ニュートラルな" 無下限呪術を取り挙げる.
※ ネタバレなし
まず, 無下限呪術とは?
詳しく知らない人のためにも説明すると, 無下限呪術とは,
というものである. この動きを遅くさせる能力の "原因" について, 2つの解釈ができる.
近づくほど, 両者の間の距離が増える (空間的な解釈)
近づくほど, 対象の感じる時間スケールが伸びる (時間的な解釈)
もちろんこの2つともが複合的に起こっている可能性もある. この動きが遅くなるということをグラフで表現すると, 以下のようになる.
さて, これを数学的にきちんと表現してみたのが, 以下の通りである.
$${ ^\forall t\geq0}$$ に対して, $${r(t)>0}$$ である距離の関数 $${r(t)}$$ について, 以下の条件を要請する. まず, 対象は無限の時間をかけてようやく五条悟に触れられるので,
$$
\tag{1} \lim\limits_{t→\infty}r(t)=0.
$$
この条件 (1) 式と初期条件
$$
\tag{2} r(0)=r_0
$$
を満たす関数形の候補は, ある正定数 $${a}$$ に対して,
$$
\tag{3} {r(t)=r_0e^{-at}}
$$
などが代表的であろう. 以下, この (3) 式の表式で話を進めてゆく.
Achillesと亀
ちなみに作者の芥見氏は, 以下のように述べている.
アキレスと亀とは,
秒速 $${1}$$m のアキレスが秒速 $${1}$$cm の亀に
追いつけないparadox
のことを指す ($${1}$$m や $${1}$$cm という数値は仮である). どういうことかというと, 始めアキレスと亀が $${1}$$m 離れていたとする.
アキレスが亀のいた位置にたどり着くころには, 亀は既に $${1}$$cm 進んでいる.
さらにアキレスが $${1}$$cm 進むと, 亀も既に少し進んでいるので,
というようなことが無限にくり返され, アキレスは亀に一生追いつけないのではないかという仮説のことである.
しかし, このパラドックスは現在では高校数学の無限級数というものの収束によって, 間違っていることが示されている (*1). 実際, 上の例だとアキレスは, $${1.0101…}$$ 秒後に亀に「追いつく」のである.
これを踏まえて, 五条悟の無下限呪術について「時間的な解釈」で考えてみると,
同じ $${1.0101…}$$ 秒でも対象には
無限 (に引き伸ばされた) 時間に感じる
ということになる.
対して「空間的に」解釈すると同様に, 五条に近づくほど,
同じ $${1}$$mでも対象には
無限 (に引き伸ばされた) 距離に感じる
ということになる.
(*1) アキレスが追いつくまでの時間 $${t}$$ について考えると, 以下のようになる.
【本題】 古典力学で解釈できるか
!!注意!!
必要な知識 : 数III, 物理数学, 大学力学
今までの2つの解釈以外に, 第3の解釈として, Newton力学で考えてみる. (3) 式などの仮定より, 距離 $${r}$$ と速度 $${v}$$ について (*2), 初期条件 (2) 式より,
$$
{r(t)=r_0e^{-{\text{\(\frac {v_0} {r_0}\)}}t}}
$$
$$
\tag{5} {v(t)=-v_0e^{-{\text{\(\frac {v_0} {r_0}\)}}t}}
$$
と求まる $${(\because {a={\text{\(\frac {v_0} {r_0}\)})}}}$$. さらにここで, 以下の仮定をする.
無下限呪術とは, ポテンシャル (力による壁) (*3)
を作ること
そのポテンシャルを, 無下限ポテンシャル $${V_{無}}$$ と名付ける. 五条と対象を「質点近似 (*4)」して二体問題として扱うと, 対象 (敵や武器など) の質量を $${m}$$ として, Newtonの運動方程式より,
$$
m\frac{d^2r(t)}{dt^2}=-\frac{dV_{無}(r)}{dr}.
$$
この式で考えている状況としては, 五条に対して物体が (等速で) 飛んできたという感じである.
このNewton方程式をポテンシャルについて解くと (*5),
$$
\therefore \tag{6} V_{無}(r)= \begin{cases}
\frac {1}{2}mv_0^2(1-(\frac{r}{r_0})^2) & (0 \leq r \leq r_0) \\
0 & (r_0 \leq r)
\end{cases}
$$
となる (∵ (5) と, 基準を $${r=r_0}$$ にとった). このポテンシャルの存在によって, 対象の動きを遅くさせることができるということである. ただ, これはあくまで $${t=0}$$ の時点で等速直線運動している物体が五条に近づいた場合である.
他の場合として, 例えば, 誰かが殴りかかるという状況もありえる. よって, $${t=0}$$ で敵が一定の力 $${F}$$ で殴ろうとするという状況を考えてみる.
同様に, Newton方程式
$$
m\frac{d^2r(t)}{dt^2}=-\frac{dV_{無}(r)}{dr}-F
$$
となり, 殴る力 $${F (\geq0)}$$ の項が加わる. これも解くと,
$$
\therefore \tag{7} V_{無}(r)= \begin{cases}
\frac {1}{2}mv_0^2(1-(\frac{r}{r_0})^2)+F(r_0-r) & (0 \leq r \leq r_0) \\
0 & (r_0 \leq r)
\end{cases}
$$
となり, ほとんど先ほどと同じ結果が得られた. この (7) 式は, $${F=0}$$ とすると当然 (6) 式に一致するので, (6) 式のより一般的な表現になっている.
したがって, 古典力学の解釈では, 無下限呪術とは,
という風に考えられる. もちろん, この無下限呪術の発動 (ポテンシャル $${V_{無}(r)}$$ の生成) は, 五条悟自身が任意にタイミングを決められ, OFFにすることもできるということになる.
ところで, この無下限ポテンシャル $${V_{無}(r)}$$ が, 果たして「何の力」によるものなのかという点についてはよく分からなかった.
例えば, 「重力」のポテンシャルかと言われると, 重力は必ず引力なので, 五条悟が斥力 (反重力) を生み出せることになってしまい, 能力のコンセプトとして羂索らの「反重力機構」と被ってしまう..
(*2) 位置 $${\textit{\textbf{r}}(t)}$$ の時間微分で速度 $${\textit{\textbf{v}}(t)}$$ が, さらにその時間微分で加速度 $${\textit{\textbf{a}}(t)}$$ が得られる.
(*3) 力学では, 力 $${F [\text{N}]}$$ を, ポテンシャルという関数 $${U [\text{J}]}$$ の微分で表す. $${F=-\frac{dU}{dr}}$$.
(*4) 質点とは, 質量はそのままで体積が仮想的に $${0}$$ である物体のこと. 計算を簡単にするためにこのような近似 (仮定) をする.
(*5) 本来, 「運動方程式を解く」とは, 与えられたポテンシャルの下で粒子の位置 $${\textit{\textbf{r}}(t)}$$ を求めることである. が, 今回は, 始めに (3) 式のようように $${\textit{\textbf{r}}(t)}$$ を予め決めておいて, それを再現するようなポテンシャルを求めるという逆のことをしている.
まとめ
五条悟が言った "無限" という言葉に対して, 時空の伸びやNewton力学で解釈しようとしてみた. 無下限呪術とは, 近づいてくる対象に対して,
時間的: 感じる時間スケールを伸ばす
空間的: 感じる空間スケールを伸ばす
力学的: "無下限ポテンシャル" (力の壁) を作る
というような3つの解釈ができることが分かった.
しかし, 3つ目の解釈で, ポテンシャルの担い手が何かということを突き止められなかった. また, 時空を扱う理論といえばEinsteinの相対性理論であるが, そのような高度な理論などには今回踏み込んでいないので, 次回以降, より発展的な考察をしてみたいと思う.
文献
[1] 芥見下々.『呪術廻戦』全28巻 (2018, 集英社).
[2] 柳田理科雄.『空想科学読本III』(2022, KADOKAWA).
[3] あかまい. "無下限呪術を高校数学で説明してみる". (参照 2024/6/25).
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