特集 2023年改定入管法施行でなにが起こるのか 現場からの声
日本で暮らすクルド難民たちへの影響
クルド難民弁護団 弁護士 大橋毅
送還停止効の例外規定、旅券発給申請命令制度など、日本で暮らす難民たちの状況に深刻な影響を及ぼしかねない内容が含まれている改定入管法は2023年6月に成立し、施行時期が2024年6月10日と発表され、その施行が迫っている。
送還停止効とクルド難民
送還停止効と呼ばれる制度は、難民認定申請をしてその審査中(不認定処分に対する行政不服法に基づく審査請求を含む。)の者は、例え在留資格がなく退去強制令書の発付を受けていても、強制送還の執行が停止されるというものである。申請が審査されているのにも関わらず強制送還が執行されては、審査結果による保護が画餅になることから、2005年に導入された。
さらに、トルコ国籍のクルド難民にとっては、最後のセイフティ・ネットのような制度だった。日本におけるトルコ国籍クルド人の難民認定申請は毎年相当数あるのにも関わらず、認定数は長くゼロが続き、一昨年ようやく1人、裁判で勝訴した末に認定された。その間、認定はされなくとも、在留資格なく、社会保障すらなくとも、送還のおそれだけは免れて来た人たちがいる。彼らをこそ入管庁はターゲットにして、「送還忌避者」の中に含めて問題視する発信を繰り返し、法改定をした。
法施行後に難民認定申請を行った者は、過去に2回、難民不認定処分を受けている場合、審査中であっても原則として送還停止効が認められなくなる。つまり、退去強制令書の発付を受けているならば、現在行っている難民認定申請が終了した順に、送還の危機に直面する。
難民認定申請者であっても退去強制令書の発付を受けている者を「不法滞在」と呼び、さらにそれを「犯罪者」と呼び、直ちに送還することが当然と発言する人もいる。特に、昨年の法案審議の頃以降、埼玉県川口市周辺に住むトルコ国籍クルド人に対する中傷や差別発言がインターネット上に増え、その中にも、上記のような発言が見られる。
しかし、クルド難民を含む多くの難民認定申請者が退去強制令書の発付を受けたとしても、それは本人に非難されるような理由があるからではなく、また処罰対象に当たらない場合がほとんどである。難民が日本の空港に到着したとき、直ちに難民として主張をすると、一時庇護上陸申請手続を指導されるが、同申請が許可されることは極めて稀で、不許可となってなお難民認定申請をした者は、不法上陸者として退去強制令書発付の対象になる。これを避けようとして、空港到着時に観光目的などの通常上陸申請をしても、途中で見破られると、上陸拒否処分を受け、とんぼ返りの帰国を命じられ、改めて難民認定申請をしても、審査を受けるための在留資格は与えられず、「退去命令に従わなかった者」として退去強制令書発付の対象になる。
幸運にも観光目的などの短期滞在資格を得て入国し、それから難民認定申請をすると、審査を受ける間の「特定活動」在留資格を得ることができるが、一通り難民認定手続きが終了して不認定となると、再申請をしても、在留資格更新が打ち切られ、退去強制令書発付の対象とされる。映画「マイスモールランド」をご覧になった方は、更新打ち切りに呆然とする難民の姿を記憶しているかもしれない。難民と認定されない限り、難民認定申請者は遅かれ早かれ退去強制令書発付の対象とされるのである。しかも、いずれの場合も、自ら好んで在留資格のない生活を選んではいない。ほとんどが、突然、予期せず、退去強制令書の対象になってしまうのであり、人道上非難されるべきでないだけでなく、理論上も故意がなく処罰の対象にならないはずである。
在留特別許可とクルド難民
強制送還を免れるために、難民認定と言わずともせめて在留特別許可を受けるチャンスは、クルド難民にあるだろうか。少なからぬクルド人が、妻子とともに滞在しており、日本で就学している子どもたちも多い。2024年3月に発表された、改定法施行後の「在留特別許可に係るガイドライン」では、相当期間日本の初等中等教育を受けている子どもと、その親に、在留許可のチャンスが示されている。しかし、親は相当程度に地域社会に溶け込んでいることが示されなければならず、さらに「現に生活する地域のルールを守らない、迷惑行為を繰り返すなどしており、地域社会との関係に問題が認められるなど」というあいまいな事情が消極要素として挙げられている。先にも触れた、最近インターネット上で増えているクルド人への中傷や差別発言と照らし合わせると、入管庁までもが差別的な判断をする恐れがないのか、不安が生じる。
旅券発給申請命令とクルド難民
送還停止効の制限のほか、旅券発給申請命令制度も、難民を苦しめる制度である。改定後の入管法52条第12項は、入管が、旅券の発給その他送還に必要な行為を命じることができるとし、命令に従わないと法72条6号によって処罰対象にされる。また、4月にパブリックコメント募集が行われた入管法施行規則改定案では、入管は、「外国政府の求めに応じて、送還に必要な書類を、外国政府に提出し、または提供すること」や「大使館の構成員等から出頭や面接を求められたときはこれに応じること」まで命令できることになっている。
だが、難民の多くは、大使館との接触を望まない。また、大使館で、本国で訴追されていることを告げられたり、そのことを理由に旅券を没収されたり、帰国を要求されたりしたクルド難民の事例がある。日本における行動が本国当局から問題視されていれば、尋問や圧力を受けることもありうる。難民にこのような命令をするべきでないのである。
ところが2024年3月に、改定法施行を待たず、東京入管送還部門の一部職員が、退令仮放免の延長のために出頭した難民申請者に、「旅券発給申請をするように」などと要求した事例を、既に複数耳にしている。実際に改定法が施行されれば、入管による圧力は相当高まるおそれがある。
送還とクルド難民
クルド人は、トルコで過度の同化政策にさらされ、民族的アイデンティティが把握されれば差別を受けかねない。また、迫害を受けるおそれも、人の事情により一様ではないが存在し、難民と認められてよい人が多くいる。
2023年11月、日本に住むクルド人たちの「クルド日本文化協会」という団体が、トルコ政府によって、テロに関係しているという名目で在トルコ資産の没収措置がされ、その措置が公表され、日本でも報道された。「クルド問題について政府を批判すると、その批判はテロリストのプロパガンダの容疑で人々を起訴するのに利用される可能性がある。政府を批判し続ければ、テロ組織団のプロパガンダのみならず、テロ組織の構成員であるとして起訴される可能性がある。」これは、法務省ホームページ掲載の英国内務省報告書2020「国別情報及び情報ノートトルコ:HDP(国民民主主義党)」の一部である。多くの抑圧体制の国家と同様、トルコでも、テロ対策名目で人権侵害・政治弾圧が行われているのである。クルド日本文化協会の関係者が帰国する場合には、迫害のおそれが伴うといってよいだろう。
SNSを通じての監視も多くの抑圧体制国家に共通の行動であり、過去のSNSの投稿がトルコ当局に把握されて、日本に居ながらにして本国で訴追されているクルド人の例もある。トルコ軍の軍事行動を批判し、クルド人同士が戦わされたくないという思いで徴兵を逃れている人たちもいる。
彼らが、追い詰められていく。まだ、何かできることがあるだろうか。
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