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フランスの田舎町で / 自作ショートショート

 フランスのパリの南東に位置するディジョンの郊外、サンタムールのとある家で、僕はアンヌにチキンのワイン煮の作り方を教えてもらっていた。

 アンヌの娘と知り合ったのは、ニューヨークに留学していた時。その縁で、ヨーロッパに旅していた時、招待されて立ち寄った家での話。

 
 日本とフランス。遠い二つの国は全く気質の違う民族の、遠く離れた国なのだけれど、なぜか気が合う瞬間が生まれる事もある。

 ドイツ人と日本人は、少し気質は似ているけれど、少しだけ南洋の血をひく日本人にはドイツ人と違って少しだけ、明るいユーモアがある。

ドイツが嫌いなフランス人は、それだけに一層、日本人に好感を持っている。

 それに日本はフランスがかつてあこがれた芸術を生んだ、フランス人にとっては異色の国、エトランゼの国。

 そして、フランス人はラテン民族なので、背がそんなに高くない。セックスの相性もそう悪くはない。

 補足ながら、アメリカ人は、挨拶するとすぐに帽子をかぶり弾を撃ち(前戯なしにコンドーム付けてすぐ射精する)、日本人は、帽子も付けずお辞儀する(前戯ですぐにイって萎れる)という、セックスジョークはあるのだけど・・・

(あっ、ちなみに日本人女性は世界中で一番モテる。もてないことを苦に自殺する前に海外へ行ってください)
 
 日本人で、芸術や知性と、(プラスα)に恵まれた男は、ロシアとフランスでは結構モテる。

 日本人とフランス人は共に世界で最もグルメな国民同士だけれど、フランス料理に革命を起こしたのは、イタリア料理へ影響を与えた日本料理。

 その、新鮮でヘルシーなうまさにショックを受けたフランス料理人達が熱狂し、巻き起こしたのが料理革命。

 それが、ヌーベルキュイジーヌ。

 でも、アンヌはヌーベルキュイジーヌにいつも不満そうだった。

「ねえ、ヒロ?こんなに寒くてこんなに海が遠いのに、新鮮なお魚の料理を食べるなんて、不自然だわ」

そう言いながら、もう60歳を過ぎたアンヌは頑なに、フランスに昔から伝わる田舎料理を作っていた。


「ニンニクと鶏肉を、バターで強い火で一気に焼くの。香りがフライパンに移るまで」

 そういいながらアンヌは、大量のバターを鍋に溶かし焦げそうになる寸前まで熱し、鶏のモモ肉と大量のニンニクを皮がついたまま鍋に入れ、皮が焦げるまで強火で炒める。
 
 「ああ、いい匂い。ニンニクの皮が焦げたら取り出して」

 トングでニンニクを取り出し皮をむくと、綺麗に蒸されたニンニクの実が現れた。

「これは後で使うから、別にしておいて」

 間髪をいれずに熱されたフライパンの脇に肉をよけ、大量の砂糖を入れる。

・・・そんなに砂糖を入れて大丈夫なのかな。

 不安に見ていた僕をしり目に、アンヌは砂糖をカラメル状に焦がしながら、なべ底の焦げをこするようにこそげ落とす。

 「鍋には味があるのよ。ヒロ。いい匂い」

 そういいながら、鍋から立ち上るニンニクとバターと砂糖が焦げた匂いを嗅いだかと思うと、一気に赤ワインをボトル半分くらい鍋に注ぐ。

 鍋(深めのフライパン)をそっとゆすると、ごーっと炎が立ち上がった。

「フランぺはスピリッツ(蒸留酒)じゃなくてもできるのよ。イギリス人はわざわざワインを蒸留してブランデーなんか作って、馬鹿よね」

 そう言って、アンヌは、立ち上がる炎が弱まると、夏に大量に作ったトマトをつぶして濾してびん詰をしただけの、トマトソースを少し鍋に入れ、ガスの火を弱め、しばらく煮詰めた。

 しばらくして、岩塩の塊を砕いた粒をいくつか鍋に入れ、鍋底をこすりながらゆすっている。

「はい、出来あがり」

 ・・・バターと砂糖と塩だけ?いくらなんでも甘いだろう。

 そう思いながら、僕は食卓についた。オンディーヌと、オリビエ、ジョセフィーヌとアンヌ、そして、異邦人の場違いな僕は、テーブルについた。
 
 お祈りを捧げる。

 天におられます私達の父よ。
 
 あなたのお名前が神聖でありますように
 あなたの御国が来ますように
 あなたのご意思が天にあるように、この地にありますように

 普段の祈りを聞き届けてくださり、今日またあなたの恵みをいただきました。
 
 この恵みを感謝します

 アーメン

 主の祈りを省略したような、でも心がこもったお祈りを告げた後、アンヌは子供たちや孫にまでワインをグラスに注ぎ、そして一人ひとりの皿に、湯気を立てたチキンの赤ワイン煮をついだ。

 僕のパン皿にだけ先ほど取り出したニンニクの実が、一つ転がっている。

 「ヒロ?あなたはイタリアでワイン煮の作り方を習ったんだってね。どう?」

 アンヌはふいに僕に質問した。

 「作り方は全く違いますでも、味は食べてみて」


 一口スプーンに救って口に入れた。甘い。でも、ワインの深い酸味とバターが。でも待てよ?

 もう一口食べた。

 味覚の幅を無理やりこじ開けられるような気がした。それは、炎と油と甘みと焦げが溶けあった旨味。美味しかった。

 「これは美味しい。味覚の幅を広げられた気がしましたけど、これはうまい」

 そういうと、アンヌはにっこりと笑った。
 
 「私達はこれを食べてきたの。だって、冬は寒いもの。イタリア人も嫌いじゃないわ。でも、私達は私たちなの。日本人も最初に話したのはあなただけど、好きになりそう。でも、今度は少しフランス語を覚えてきてね」

 そう、アンヌは英語で僕に話しかけ、満足そうに笑った。

 
 素敵なクリスマスの夜だった。

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