石楠花 / 官能習作・ショートショート
深いため息を吐きながら、あの人は目をつむった。湿りを帯びた戦慄く奥の襞は、熱く蠢きながら、高まりをまだ誘いかけているのに。
「誰とも?今まで一度も?」
問いかけの言葉に目を伏せるように頷きながら、そっと腕をつかんだ白い指先。それは今、赤紫に咲いた丘の上の花を恥ずかしげに覆いながら、深い吐息にあわせ揺れている。
笑みを微かに残しながら、猥雑に披いた唇の奥から流れる嬌声も、途絶えた今。金色に光る柔らかな髪の流れを胸に抱き、愛おしさばかりがつのる睫毛の一本一本をなぞるように口づけをする。
「ツツジのようだけど。うーん。この花の名前はわからないなあ」
「だめねえ。この花は石楠花よ。花言葉は、威厳。貴方には似つかわしくないわね、ふふっ」
「威厳か。全く色気がない花言葉だね」
「そうね」
そう呟きながら少しだけ目を伏せ、ためらい気味に腕をつかんだ指先は、先ほどまで背の筋肉をむしり取らんばかりに強く求めていた。
「いじわるね。だめ。だめ」
「やめようか」
「だめ、ずるい、だめ…」
言葉にならない声の隙間から誘いかける濡れた瞳の光は、落ちていく花の先に来る、湿潤の季節を予感させる。
「荘厳って名付けられても、花は堕ちるの」
「君の小さな手が奏でるショパンの音色も、聴こえては消えるように?」
「そうね。堕ちて消えていくの。猥雑でも高貴でも荘厳でも関係なく。でも綺麗でしょう」
呟いた唇から漏れ出る歓喜の音色も、今は閉じた目に併せ、静かに揺れている。
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