「そういえば、斎藤先輩個展するんだってね。来週京都でやってるらしいけど…」

作業場でパソコンに向き合っているとき、仲のいい後輩から教えてもらった。
どうやら友人が個展を開くらしい。

「来週はバイトあるし、いけないかなぁ。ほら、締め切りも近いし」

斎藤とは長い付き合いの、それも学生時代からの友人だ。
もともとは、アトリエでの机が近かったのか、講義室で席が隣になったからなのか、はっきりとは覚えていないが、ひどく意気投合をして学生時代の苦楽をともにした。

彼の作る作品はどこか、つかみどころがなく、ふわふわした作品で私の書くそれとは真逆のものであった。
素直に言うと、私は彼の作品のよさは正直イマイチわかりはしないし最後までよくわからなかったが、お互いかえってそのほうが気楽に生活も、作品談義を交わすことができたのだ。
芯は一本しっかり通ってはいるが何を考えているかは全然わからな
い、そんな彼は数の少ない私の友人であった。







会場を見渡すとあたり一面に彫刻が並べられていた、相変わらず抽象的でなになのかわからない粘土の塊。
その奥に一つの大きな写真が展示されている。
その写真は、同じ男の顔が無数に並べられた一枚の大きな画像である。
彼は毎朝起きるときと寝る直前に自分の顔を写真に撮る。それをもって一日が始まり一日を終える。
おおよそ7200枚。
今回の個展は彼の学生時代の作品と、その生活と凶器に満ちたセルフポートレイトを展示するためのものであった。
もとから、長居もするつもりもなかったので彼には申し訳ないがサッと作品を眺めたらそそくさと署名をしてその場を後にしようとした。
「今日はありがとうございました。」

「あ、奇遇ですね。なんか僕の友人にも貴方と同じ名前の人がいるんですよ。」

「ほんとにきれいなものを作る人で、元気にやってるのかな、連絡こそしないですけど、たまに思い出すんですよね。」







きっとなんとなく見ている方向が近かったり、ネガティブになるスイッチが近かったり、笑いのツボが同じだったり
奇跡的にいろいろな何かが同じあたりにあったのだろうな。

見たこともないほど美しくきれいなものであった。

同じ方向を見ていたことを同じものを見ていると錯覚していたあたりが私の失敗なのだろうか、今でも私は美しいものを求めているつもりだ。
どうやらそういうものは、一人ひとり別らしい。
現実そういうものは、履いて捨てるもの、吹けば飛んでいくもの、そういうものらしい。







大学に今でも保管されている私の作品は笑っているのだろうか。
笑っているのだろうな。
私の強さも弱さも彼だけが知っているのだろう。
何年以上も前の作品だろうけど、彼は元気にしているのだろうな。
突然だけどすべてを燃やしたくなった。
燃やしたあとの私はどこに向かうのだろうか、そんなことを考えた。

考えながらも、燃やすことなく、その光のようなものを追い求めて薄い自尊心と埋まることない欲求を満たす。

















今ではもう思い出すこともなくなった。
そういえば、昔は美しいものが見えたのだっけかな。
見ようとしていたのだったかな。
そういったことにぼんやりと思いをはせて生活は続く。
作業と目の前の仕事に向き合う。
「星を見ている君にはわからないだろうけど、これでもまだ戦っているつもりなんだ。」
口に出かけた言葉を飲み込んだ。
今日も言の葉を紡ぐ、そそくさと職場をあとにする。
「先輩、今日は帰りがはやいですね。」
「いや、ちょっと明日ね。」

───明日、友人が個展を開くらしい。

彼は元気でやっているのだろうか。
一瞬、目を閉じて、そんなことに思いをはせる。
今日の夜食と美しいものをほんの少し想像して
軽い足取りで歩いていく。

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