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【愛がなんだ】自己肯定感の低い恋愛中流階級の沼|鑑賞記録と考えたこと
2022年77本目
「愛がなんだ」(2018/日本)
どうしてこの映画を選んだの?って、
都合いい女も振り回す女も両方したから選んだの。
あらすじはこちら。
猫背でひょろひょろのマモちゃんに出会い、恋に落ちた。その時から、テルコの世界はマモちゃん一色に染まり始める。会社の電話はとらないのに、マモちゃんからの着信には秒速で対応、呼び出されると残業もせずにさっさと退社。友達の助言も聞き流し、どこにいようと電話一本で駆け付け(あくまでさりげなく)、平日デートに誘われれば余裕で会社をぶっちぎり、クビ寸前。大好きだし、超幸せ。マモちゃん優しいし。だけど。マモちゃんは、テルコのことが好きじゃない・・・。
ここ数年でよくある、東京の20代の恋愛モノ。
登場人物に共感したり、出てくる地名がよく行く場所だったりするくらいにはわたしも東京での一人暮らしに染まったのだろうな。
この映画に出てくる登場人物は、ほとんどが恋人も何度かいたことがあるし、友達もまあいるし、といったような
それなりに人間関係には困っていない、恋愛における中流階級。
その中でセルフイメージの低い人たちは、少しだけもがけば出られるはずの"都合いい人"沼に自分の居場所を見つけてしまう。
切ない思いもするから100点満点の場所ではないけれどそれなりに楽しいし、
自分を求めてくれる人を手放して何もなくなってしまったときの不安に耐えられない。
外側から見れば「なんでそんなところにいるの?抜け出せばもっと楽しい世界が待ってるじゃん」と言いたくなるような沼。
当人からすると、次にわたしを求めてくれる人がいつ現れるかなんてわからないから。
映画では"都合いい人"側をメインに、この沼を抜け出そうとした人とどっぷりはまることを決めた人、2つの選択とその結果(のはじまり)が描かれている。
その先にきっと幸せがあると信じて一時の悲しみにどぼんと飛び込むか、もしくは今の及第点の沼で身体をあたためるか。
相手から拒絶されたら仕方ないけど、自分から決別するのってすごく難しい。いっそ拒絶されれば無理やりでも次にいけるのに。
というか「沼」側の人間だって、少しばかりモテるだけ。好きな人には好かれない。自己肯定感を外部から補充しないと生きていられない。だから無理と思うポイントはありつつも好いてくれる人を捨てられないし、その愛を確認したくなる。
容姿が飛び抜けて良いわけではないけれど、自分を求めてくれる人がいることに安心する。その人のことそこまで好きじゃないけど。
ちょっと振り回して試してみたりもしちゃう。ついてくると嬉しくなる。
こっちだって沼。もうどっちを見ても沼。
"都合いい人"沼は入っている自覚があるけど、”振り回してる人”沼は自覚がないことも多そう。
もしマモちゃんの恋愛が成就してたら、テルコが恨みで豹変することだってあり得る(そしたら吉田恵輔監督に撮ってほしい)。
会って楽しそうに振る舞うほど、振り回して自分は必要だと感じさせられているほど、そのパワーはきっと強くなる。
ある意味後者の方が無自覚に人を傷つける恐ろしい沼なのかもしれない。
幸せに、なりたいっすね。