【私のテーマカラー】「小さな赤」は私の象徴
おもちゃの企画開発の仕事をしていた時、「色」の面白さを知った。
企画開発の段階では、思っている以上に「色」を決める場面が多い。
商品も、パッケージも、取扱説明書も。
扱えば扱う程、色は奥が深くて、難しくて、面白かった。
「ピンクからの卒業」という現象
消費者である子どもに選んでもらえるように、好まれる色も調査した。
面白いことがある。
特定の属性において、圧倒的に好まれるのは「ピンク」だった。でも、この「ピンク」という回答は、年齢が上がると一気に少なくなる。時代による流行はあるものの、「スカイブルー」や「ラベンダー」や「エメラルドグリーン」に変わる。
そして、「前はピンクが好きだったけれど、今はもう違う」という人たちは言う。「だって、ピンクは赤ちゃんの色だもん」って。
今の自分は過去の自分とは違うんだ、赤ちゃんの自分を卒業して大人に近づいていくんだ、という想いが、「好きな色」として象徴的に表れているように見えて、とても興味深かった。「好きな色」は、自分がどう在りたいのかを、無意識に反映しているのかもしれない。
「赤」を身に付けている子どもだった
私はどうだっただろうか。
小さい時は、やっぱりピンクが好きだった気がする。でも、ピンクを身に付けることはあまり多くなかった。私は、ピンクよりも赤を身に付けていることが多くて、そして、ピンクに憧れていた。
くるりと回転すると裾がふわっと広がるようなピンク色のワンピースに憧れながら、白い襟のついたシャツに赤いチェックのジャンバースカートを着ていた。そう言えば、水筒も、髪留めも、お弁当包みも、みんな赤だったなぁ。
そして、ピンク好きな子がピンクから卒業する頃、私もピンクへの憧れから卒業し、自分が身に付けていた赤からも卒業した。
赤は、子どもっぽくていやだな、と思った。ぱっと目につく明るさも、幼く感じられた。私は早く大人になりたいと思ったし、自分はもう大人だ、とも思っていた。クールな風に振る舞い、はしゃいだり、羽目をはずしたりしないで、思慮深い大人のようであろうとした。その頃好きだった色は、青っぽい色だった。藍とか、紺。落ち着いた深い青。
「小さな赤」のかわいさ
それなのに。
いつからだろうか、「小さな赤」を、可愛いと感じるようになった。葉陰の下のイチゴ。下駄の赤い鼻緒。真っ白なシャツの赤いボタン。シックなハンカチに施された赤いステッチ。
いつの頃からか、ベースカラーを組み合わせた時に、差し色に赤を選ぶようになっていた。皮の赤いペンケースを買い、首元に巻く赤いスカーフを買った。会社の先輩が旅行のお土産にプレゼントしてくれた赤と黒のチャームを見て「私にぴったりの色合わせ!」と思い、それは、15年以上経った今も愛用している。
年を重ねるにつれて、白いシャツに黒いスカートが私の定番のスタイルになり、そして、いつもスカーフを巻いた。スカーフは季節や気分に応じて変えたけれど、勝負どころでは、いつも「赤」だった。
「赤」は私の色になった。
私のテーマカラー
個人で仕事をしようと思った時、迷いなく「落ち着いた赤」をイメージカラーにした。WEBサイトや、名刺や、提案資料の色。それから、私の黒いカバンから現れる手帳や、名刺入れや、財布の色。
個人で仕事をするためには、まずは自分自身を知ってもらうところからのスタートで、そのために、少しでも印象に残った方がいいと思って、いつも同じスタイルでいることにした。それが、白いシャツの襟元に巻いた「赤いスカーフ」。
幼い頃に憧れた「ピンク」は、今になって振り返れば、あまり私っぽくはなかった。一方の「赤」は、子どもの頃の私のように思えてくる。正義感が強くて、物事ははっきり決めたい方で、言いたいことを遠慮なく主張してしまう子どもだった。もちろん、そうじゃない在り方に、ちょっぴり憧れていたことも確かだけれど、でも、私は私だ。どうにもできない。
卒業したいと思った「子どもであること」の価値を、大人になって改めて取り戻し、そして、今は大切にしたいと感じているんだと思う。
今の私は、白いシャツを着て、そして、小さな赤を身に付けている。その「小さな赤」の中に、幼い頃の自分のような真っすぐさや主張の強さ、目の前のことを楽しんで羽目をはずせる明るさ、そして、ピンクとはまた違う可愛さがあればいいな、と願っている。
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私のテーマカラーと言う企画に参加してみました!
「色」は、思い出や心境、自分らしさやその変化など、色々な要素を反映していて、奥の深い、面白いテーマですね!
#私のテーマカラー