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冷戦は米ソ対立だけには還元されない「国際システム」であった

いくつか今抱えている執筆関連の仕事で必要があり、冷戦史や冷戦研究の本を何冊か改めて紐解いた。

冷戦の話を授業で話すと、冷戦=超大国米ソの対立、とのみ理解している学生が多い。一般的にもそうした理解が多数かもしれない。しかし、実際には冷戦とは世界を巻き込む対立構造であり、濃淡はあれども日本を含む世界中の国やその指導者、市民に至るまでその構造の中にあった。一国内の政治も冷戦と無関係では無かった。このことは、日本政治を取り上げてみてもあきらかであろう。例えば1955年に日本において日本国憲法や再軍備へのスタンスが大きく異なるにもかかわらず複数の党が合同で「自由民主党」を結党したのは、社会党や共産党の勢力伸長やそれらと関係の深いソ連や中国の平和攻勢に対抗する、すなわち「反共」という意味での「保守」が合同を迫られたからである。

冷戦終結後、ソ連邦の情報公開やソ連そのものの崩壊、東欧の民主化などで旧東側の資料が公開され、またそれぞれ国によってその程度には違いはあるが途上国の資料なども一部利用できるようになったこともあり、冷戦史研究は飛躍的に進んで現在に至っている。そこでは、冷戦において米ソ対立は重要な軸ではあったにせよ、それだけに還元する見方は取らない。さらに米ソから他の国々への一方方向の影響が及んだのではなく、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、中東など地域の紛争や対立が冷戦の趨勢に大きく決定づけたこともあるという逆のベクトルが明らかにされつつある。また、例えばアジアの情勢がヨーロッパへ、といった地域間の双方向の影響も無視できなかったこと、また同じ西側内、東側内では決して結束していたわけではなく、むしろ同盟内対立や齟齬があったことについても研究が進んでいる。

従来は冷戦は資料の制約もありアメリカの世界戦略の観点で語られがちだった。また、米ソ以外が一方的に影響を及ぼされている客体として見なされる度合いも高かった。しかし、もはや少なくとも専門家の間ではそうした理解をされていないことはもっと広く知られていいと思う。もちろん、米ソの他の地域や国々、特にアジア・アフリカなどの非ヨーロッパ第三世界への介入は冷戦史の大きな一側面ではある。しかし、冷戦を米ソといった超大国の対立に主に焦点を当てて語り、第三世界を客体としてのみ見る見方は否定、あるいは少なくとも相対化されている。

私はアジア国際政治を専門としており、アジア地域研究において、例えばベトナム戦争を単に米ソの「代理戦争」などと見る見方は、脱植民地化のプロセスにおける現地勢力の主体性を無視するものだと以前から承知してはいた。今回いろいろと落ち着いてまとめて冷戦史関連の書籍を読み、あるいは再読してよりイメージがクリアになった。

こうした新たな冷戦史にアクセスするのにおすすめの一般書は、我が国の冷戦史研究を牽引する専門家の一人、青野利彦『冷戦史(上、下)』(中公新書、2023年)である。最新の研究を織り込みながら、各地域内におけるアクターの行動という「ミクロ」な動きと、グローバルな冷戦という「マクロ」の動向が相互作用する「国際システム」としての冷戦を描いている。

専門書ではあるが、冷戦史研究のこれまでの流れをつかむのに最適なのは、益田実、池田亮、青野利彦、斎藤嘉臣『冷戦史を問い直す』(ミネルヴァ書房、2015年)の益田先生が執筆された序章「新しい冷戦認識を求めて」であろう。さらに、上記の米ソの第三世界への介入がアジア・アフリカ・中東・中南米などに多大な影響を与えたこと共に、これらの地域内政治やこの地域の国々それぞれの国内における動向が米ソ対立及びグローバルな冷戦構造に与えた影響にも言及している本格的研究所としては、O.A.ウェスタッド『グローバル零戦し:第三世界への介入と現代世界の形成』(佐々木雄太監訳、小川浩之、益田実、三須拓也、三宅康之、山本健訳、名古屋大学出版会、2010年)である(原著は2007年)。(※ちなみに名古屋大学出版会は物理的にはレンガのように厚く重く、しかし内容も濃くレベルの高い研究書を出版するので定評がある)

私は冷戦をしっかりと記憶している世代である。1979年のアフガニスタン侵攻で1980年のモスクワオリンピックにアメリカや日本など西側諸国は軒並みボイコットした。1980年代の特に前半の「新冷戦」時代は、緊張が高まり核戦争の勃発可能性が映画などでも取り上げられた空気に包まれ、当時の首相が「不沈空母」発言で叩かれたりしていた。しかし大学3年だった1989年にベルリンの壁が崩れたのだった。私にとって冷戦史を読むことは、当時を思い出しつつ、それが客観的にはどういう時代だったのかを改めて跡づける作業でもある。仕事を抜きにしても面白い。ただ、これはあくまで自分のアウトプット=原稿執筆のための作業である。そろそろ仕上げねば。





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