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ロックダウン1 ー ロンドン、ロックダウン

ロンドンがロックダウンになる噂はあちこちから聞いていた。マーケットで働く人たちが、ロンドンに車で入る前に軍隊がロンドンに向かってるとか言っていた。「ほんとかな。」様子見に犬を連れて、グリーンパークまで歩いていたら、昔、マーケットで野菜を売っていたノーマンに公園入り口でばったり会った。彼は色々あってマーケットから追い出され、結局、市の清掃係の仕事を得て幸せになった。それはともかく彼が市からロックダウン後に市内で清掃作業をしても良いと書かれた許可書を見せてくれた。「明日からロックダウンになるよ。本当だってば。」と、ノーマンは許可書を私の鼻先に広げた。「まじか。」と思った。一晩明けたら、ロンドンどころか英国全体がロックダウンになった。それはそうだ。ウイルスは場所を選ばない。ロックダウンになったらたちまちセントラルロンドンはゴーストタウンになった。ある意味、見事なくらいだった。最初の2週間くらいは、住民は皆、ショックを受けていた。ロンドンがこんなになっちゃうなんて、信じられない。しかし、しばらくすると皆、だんだんその異常な様子に慣れてきた。そしたら、何気なく変人達がうようよと路上に湧いて出てきた。もちろん変人は普段でもいたのだけど、ロックダウンになってから彼らの存在感に何故か遠慮がなくなっていた。周りに人がいないから人目をはばからなくても良いからか。いや、変人は人目を気にしたりしないだろう。じゃあ何なんだ、あの自信に溢れた存在感は。いつもネズミのように人影を潜り抜けているじゃないか。そしたら、あ、変な目つきのホームレスが近づいてきた。グニュとしたサンドイッチをくちゃくちゃと噛みながら、私にガンをくれながら接近してきた。「何が怖いんだよ。」と言う。「怖いんじゃなくて、2m以上近づいちゃダメでしょ。ソシアルディスタンス!」と切り返すと、「へんっ。」と首を振って私を通り越してから男はまた振り返った。「犬の紐、そんなにひっぱたら犬が可愛そうだぞ。」負け惜しみか、お前。私が怖がったら絡むつもりだったんだろう。臆病者の私の犬でさえその男の存在なんか怖がっていなかった。弱虫のオーラが漂ってんだよ。そのまま人通りがまるでない路地を歩いていたらチカチカするものが見えた。ブロンドアフロの女の子が黄色いドレスを着て思いっきり踊っているビデオがヘアサロンのモニターに流れていた。ブレードランナーを思い出した。レストランやブティックや、閉まっている店は皆ウインドーにベニア板を貼っていた。泥棒よけだ。これからどうなるんだろう。自分が生きている間にパンデミックが起きるなどとはまさか思っていなかった。ふと、89年にベルリンの壁が落ちた時の事を思い出した。「ベルリンの壁が落ちるなら、今後、自分の生存中に何が起きてもおかしくない。」と一人で確信したのだった。それが31年前。犬に引っ張られながら、「サバイバルの本でも買おうかな。」とぼやけた考えが浮かんんだ。こんな殺伐とした気持ちは生まれて初めてだった。

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