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小説「15歳の傷痕」52

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- ANGEL -

「ミエハル先輩、昨日部活サボったじゃろ〜、ダメじゃん!」

音楽室の入口で俺を待ち構えていたのは、若本だった。

「へ?昨日、俺がUターンしたの、見てたの?」

「見てたよ~。昨日は末田先輩も伊東先輩も来とったけぇ、サックスでコンクールの曲を合わせられる!と思ったのも束の間、何か入り口で話した後、回れ右して帰るんじゃもん」

「あー、ちょっとね、とにかく色んなことを抱えすぎちゃってて…」

「先輩はもう、抱えなくていいのに。コンクールと、生徒会のクラスマッチだけ頑張ればいいじゃん」

「そういう訳にもいかんのよね。肝心の足元がグラついとるというか…」

「うーん、アタシの想像を超える部分なのかな。先輩のクラスでの話?」

「まあ、そんなとこじゃね」

「とにかく、今日は練習してくよね?」

「そりゃもちろん。早くバリサクの勘を取り戻さなきゃ。クラスマッチが近付いたら、また来れなくなるかもしれんしね」

俺はそう言い、早々に音楽室のスリッパに履き替え、バリトンサックスの準備に取り掛かった。

その時、太田さんは今日は来ているか、クラリネットパートの方を見てみたら、今日は練習に来ていたので、バリサクの練習に入る前に、声を掛けた。

「太田さん!今日は来てたんじゃね」

「あっ、ミエハル…。昨日はごめんね、アタシを探してたって聞いたよ、さっき。今日は大丈夫。期末前に話してた、例の件…よね?」

「そうそう、山中と生徒会室で話したけぇ、その報告、帰りにでもするから」

「ごめんね、ミエハルに間に入ってもらっちゃって」

「いやいや、ちょっとだけ恩返し、だよ。気にしないで」

「じゃ、またミーティングで…ね」

太田さんはそう言い、クラリネットの練習に戻った。俺もサックスパートに合流せねば…。

「あれ?今日は参加率低いの?」

「そうなんよ、先輩。今のところアタシだけ」

「出河は…」

「よく分かんないけど、まだ来てないよ。もしかしたら追試だったりして」

「1年生は…」

「なんと、今日から江田島合宿なんだって」

「えっ?江田島は6月じゃなかった?」

「でしょ?先輩の時も6月頭だった?」

「うん。そこで酷い目に遭った思い出が蘇る…」

「何を先輩、遠くを見てんのよ。確かに急にカップルが出来たり、女子が騙された!って騒ぐエンジブルマのお披露目の場だったりしたけど。きっとミエハル先輩は、女子がブルマを恥ずかしがっとるのを見て、ニヤニヤしとったんじゃろうけど」

「またかい!ニヤニヤはしてない、ニヤニヤは…」

「そう?先輩は喜ぶと思ったんだけどな」

俺は江田島合宿というと、女子のブルマがエンジ色だったことより、神戸さんが大村に告白され、帰りのデッキ上で大村から尋問を受けた、忌まわしい思い出が纏わりつく。

「今年は予約を取るのが遅れたんじゃない?でも今日からだなんて、キツイ日程じゃね。期末終わって2日後から2泊3日して、戻ったらクラスマッチとは」

「だよね。だから1年生3人はしばらく来ないから、先輩達が練習に来られないと、メッチャ寂しいのよ」

若本はコンクールで担当するアルトサックスを準備しながら、そう言った。

「アルトサックス、どう?慣れた?」

「うーん、バリサクに慣れてるから、小さくてね〜。軽いのは助かるけど、やっぱりバリサクより連符が多いのはちょっと大変」

若本は苦笑いしながら言った。

「バリサクはそんなに連符はないもんね。でも今年のコンクールの曲は、課題曲も自由曲も、バリサクにも容赦なくメロディラインとか、16連符の連続攻撃とかあるから、今までで一番キツイよ」

俺もバリサクを準備しながら返した。

「じゃあ今日は、個人練習かな。アタシと先輩で各々練習して、最後まで他に誰も来なかったら、2人だけど合わせてみる?」

「そうじゃね。空白の部分が多そうじゃけど。ハハッ」

と言うことで、互いにこの年の吹奏楽コンクール課題曲と、福崎先生が選んだ自由曲を練習することになった。

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※筆者注:この小説の時代(昭和63年)の吹奏楽コンクールで演奏したのはこの曲です
「課題曲B/交響的舞曲」👇

「自由曲/ウインザーの陽気な女房達」👇

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サックスは結局この日は俺と若本の2人だけだった。片付け時間の10分前から、課題曲の「交響的舞曲」を通して2回合わせてみたが、2ndアルトとバリサクだけでは、あまり曲として成立せず、最後は2人で笑い合って練習を終わりとした。

「アハッ、2人だとあまりに曲になってなかったね、先輩」

「でもまあ、互いのブレスの場所とかは把握できたじゃろ?一緒のタイミングでブレスしないようにする所が分かっただけでも今日の収穫だと、俺は前向きに考えるよ」

「あっ、そうかもね。流石ミエハル先輩、何か一つは良いこと言いますね」

「ハハッ、何か一つはって…。練習に出てきて、何も掴めない日なんか、何もしてないのと一緒じゃんか。特に俺は色々と周りの人に迷惑掛けて最後のコンクールに臨むんじゃけぇ、一回一回の練習が大切なんよね。絶対最後にゴールド金賞!キャーッ!!!っての、味わいたいからさ」

「アタシも。中学からずっと吹奏楽続けてるけど、一度もゴールド金賞って呼ばれたことがないし…。先輩は、中学の時、ゴールド金賞って経験ある?」

「俺の力でも何でもないけど、中2で途中入部した年のコンクールで、B部門だけど一度だけ経験あるよ」

「中2というと、アタシが中1だから、呉でコンクールやった時よね。でもでも、え?ミエハル先輩って、吹奏楽部は中2から始めたの?知らなかった~」

「あぁ、そういえば言ってないもんね。俺、中1の時は新聞部にいたんよ」

「新聞部?全っ然想像が付かないんじゃけど…」

「そこがさ、女子の先輩ばっかりで、男は俺一人だったんよ。そしたら最初は良かったんだけど途中から逆セクハラに遇い始めてね…。まあ、忘れ去りたい過去の一つかな」

「逆セクハラが何なのか気になるけど…、先輩が忘れたい過去なら聞かないようにしとくね」

そんな会話をしている内に、お互いの楽器の片付けが終わったので、ミーティングのために音楽室へと向かった。

するとそこには、生徒会室ではよく見掛けていたが音楽室では久しぶりの、山中が来ていた。

「よぉ、上井」

「あれ?この部屋では久しぶりになるな。今日はどしたん?」

「お前に言われたのもあって、ちょっと色々とな」

横目で太田さんの方を見たら、俺に向かって小さくOKのサインを出してくれている。2人で話す時間が取れたのだろう。恋人同士のトラブルは、当事者同士が話し合う方が絶対に良い。俺が今日のミーティング後に太田さんへ山中の説明を伝えるつもりだったが、その必要もなくなったようだ。

それとは別に山中は、俺にあることを告げた。

「福崎先生にもさっき会ってさ。一つお願いをしたんよ」

「お願い?コンクールに関すること?」

「まあな。上井さ、コンクールはこれで最後だと思うから、原点のバリサクで出ることにしたって言ってたよな」

「ま、まあね」

「俺も高校ではずっとトロンボーン吹いてたけど、中学の時はチューバだったんよ」

「へっ、そうなんや?」

「ああ。俺と同じ中学の後輩に聞いてくれりゃあ、分かるよ」

「チューバも大変だろ。重たいし」

「そう、重たいんじゃけど、俺が中学で吹奏楽を始めた原点は、チューバなんよ。だから上井がバリサクが原点だって言うのを聞いた瞬間、俺もコンクールに出るなら、原点のチューバで出たいな、そう思ったんよ」

「はぁ、なるほどね…」

俺は自分自身が、偉そうに原点回帰でコンクールを締めくくると言った言葉が、山中にまで及ぶとは思わなかった。

「トロンボーンは大丈夫なん?」

「大丈夫じゃろ。俺抜きの4人で、総文と文化祭を乗り切ったんじゃけぇ」

そのトロンボーンは、俺の中学からの後輩、橋本さんがパートリーダーとして頑張っている。メンバーも2年生2人、1年生2人と、バランスは良い。
それに対してチューバは2年生の西田が1人で孤軍奮闘している。山中がチューバが原点で、助っ人的にチューバで出たいと考えるのも無理ないだろう。

「福崎先生は、なんか言うとった?」

「人数のバランス的にも、それはいいかもしれん、って。低音がコンクールの制限人数に比べて、ちょっと弱いじゃろ、今のままだと」

「まあ、チューバ1人、バスクラ1人、俺がバリサクで1人、計3人だもんな。弦バスは眠ったままだし」

「な。3人で50人の中高音部を支えるのは大変だと思うんよ。打楽器の低音も入るとは言え限定的じゃし。自分のことを救世主みたいに言うのは嫌じゃけど、俺がチューバでコンクールに出たら、バランスも良くなるんじゃないか、そういう思いもあってさ」

「確かチューバももう1台あったもんな。なかなかええ案かもしれんな。あと山中が練習に来てくれるようになれば、村山も出てくると思うんよ」

「村山?アイツ、部活に来とらんのか?}

「前に聞いたら、まだ若本とのことを気にしとってさ」

「下らんなぁ。じゃあ俺から明日にでも、村山にコンクールに出たいんなら、練習出てこいって言っとくよ。大体、若本に酷い目に遭わされたお前が、若本とはもう何のわだかまりもなく話しとる…というか、同じパートでコンクールに出るのにのぉ」

そこで俺たちの会話が聞こえたのか、若本が近付いてきた。

「ミ・エ・ハ・ル・せーんぱいっ?アタシがどうかしました?あっ、今や全生徒のアイドル、山中先輩じゃないですか!」

「へっ?まさかのこと言うなよ、若本は。俺の所にラブレターなんか一通も来とらんよ」

「そうかな〜。生徒会長ってカッコいいよね!って言ってる女子、いますよ?」

「なら今度そう言ってる女子がいたら、ラブレターくれって言っといてよ」

「了解です!」

どこまで本当なのか分からないが、若本は自信有りげな表情を見せていた。

そしてその日の部活帰りは、久しぶりに若本と2人で帰った。普段、若本はフルートパートの桧山さんと帰っているが、今日は桧山さんも休みだったからだ。
そこで若本から、お互いパートナーがいませんから久しぶりに一緒に帰りませんか?と言われたのだった。

「桧山さんもだけど、出河も、謎の休みだよね」

「期末の成績が悪かったんじゃないかなぁって、アタシは思ってるんです。で、今日の放課後は一斉追試だったんじゃないかなという、アタシの推理です」

「そうかぁ。だから俺も…って、なんでもないよ、うん、何もない」

俺は美術準備室に呼ばれた件を、思わず明かしてしまうところだった。だが、そんな台詞を見逃す若本では無かった。

「ちょっと待った〜」

「な、何か?そんな、ねるとんみたいな止め方…」

「ミエハル先輩、アタシは残念ながら大事な話はちゃんと聞きたい性格なもので…」

俺は余計な一言を言わなきゃ良かったと後悔しつつも、どう乗り切ろうか考えていた。逆に若本に質問すればいいか?

「若本は何だと思った?」

「え、まさかアタシにUターンですか?えー、ズルーい先輩」

「いいから、いいから。何だと思った?」

「えっ…。うーん、先輩も追試寸前だったとか?」

「当たり!よく分かったね!そうなんよ!ある教科で追試ギリギリのラインでさ、もう1問間違ってたら追試だったんよ。はい、謎は解決したね」

「……なんかスッキリしないなぁ。先輩の言った台詞と、今の先輩の回答が、なんか微妙にズレてる気がする」

「ウッ…」

流石若本だ。釈然としない部分を指摘してきた。

「わざわざ先生が、あと一問間違ってたら追試だったぞ、とか言います?言わないでしょ、普通は。それと先輩の台詞は、アタシが今日は追試だったらしい…に続く形で発せられてます。だから俺も追試だったのか、なら分かるんですけど、そうじゃないですよね?」

なんという理詰めで攻めてくるのだ、この若本という後輩は…。俺は逃げ場を失った感覚で、全て白状することにした。

「分かったよ、白状します、若本様」

「うむ、良きに計らいたまえ」

こうして俺は、今日の放課後、担任の先生に呼ばれ、美術準備室へ寄ったため部活に来るのが遅くなったこと、そして担任の先生に呼ばれたのは俺の期末テストの成績が、ほぼ全教科赤点スレスレだったこと、その理由は同じクラスの女子に急に無視されるようになったからだ、ということを一気に喋った。

「…ミエハル先輩、文化祭の後に起きた出来事としたら、あまりにもジェットコースター過ぎない?」

「だから今日、ホンマに追試だったかもしれないんだ」

「でも、先輩と同じクラスの女の人、先輩を無視しだす前は…」

「普通に話してくれてたよ。隠してもしょうがないから言うけど、もしかしたら俺の事を好きなのかな?と思うくらいにね」

「…先輩、同じクラスの女の子が気になってもいいけど、森川も忘れないでやって下さいね」

親友を大事にする若本ならではの一言だった。

「ああ、忘れる訳ないじゃん。ただ、お互いちょっとオクテで、こう、上手くいかないというか…」

「森川は、生徒会のクラスマッチ担当者割当で、先輩とは遠く離れた競技になってしまったと言って嘆いてましたから」

「昨日の会議で決めたことなんだけど、情報が早いな〜。体育委員長が決めたから、何も言えないんよ。確かに俺はグランドで女子のソフトボール担当だし、森川さんは体育館の中で女子のバレーボール担当だしね」

「じゃ、仕方ないですね…。そしたら、コンクール観にお出でって言っておきましょうか?今年は変な場所じゃなくて、広島厚生年金会館だし」

「いや、それはちょっと…」

「コンクールでバリサクを吹く姿を観たら、文化祭のドラムとはまた違った先輩の姿を森川に披露出来ますよ?」

「本番に集中出来んようになりそうじゃけぇ、それは又の機会にしてよ」

俺は本当に恥ずかしかったので、親ですら文化祭や定演は観に来てくれと言っていたが、コンクールは中学時代から一度も呼んだことは無かった。

「そうですか?そうすると残りのイベントチャンスは体育祭くらいになっちゃうけど…」

「それがいいね。体育祭が終わった後に、告白とか…。って、去年俺が若本に玉砕したのを思い出すじゃんか!ダメダメ」

「先輩、そんなこと言ってたら、何時までも彼女なんか出来ないよ?」

若本はそう指摘したが、大谷さんに意味不明に無視されるようになった時、俺はもう絶対に女の子に告白なんかしない、女の子を好きにもならない、と心の中で決断していた。
若本や山中も押してくれているが、森川さんとはもう付き合う自信がなかった。
神戸、伊野、若本と、立て続けに後味が悪い失恋を繰り返し、やっとそんな心の傷を癒やしてくれる存在になってくれるのかなと思った大谷さんにまで意味不明に嫌われ、森川さんとは告白のタイミングが何回かあったのにお互い避けてしまっている。
恋愛恐怖症とでも言っていいくらいだった。

「…そんな運命なのかもしれないよ、もしかしたら」

「えっ、森川は確実に先輩のことを好きなんですよ?それでもダメ?」

「今の俺は、女の子を好きになっちゃいけないって、神様が決めてるんだよ、きっと。だから突然、親しく話してくれてた同じクラスの女の子にまで原因不明で嫌われるんだ。森川さんが彼女になってくれても、俺は森川さんを満足させて上げる自信がないよ」

「先輩、重症なのね…。アタシも一因なのかなと思うと、胸が痛いけど」

「まあ、若本の小さい胸なら、そんなに痛まないと思うから、気にしないで」

「…ミエハル先輩、神妙そうにしながら、何気にアタシの胸をネタにしてません?」

「気のせい、気のせい。ほら、もう若本家が近くなってきたよ」

「うーん、胸の件については別にするとして、とりあえず先輩、元気出してね」

若本はそう言うと、俺の前に回り込み、正面から抱きついてきた。

「ええっ、若本?」

俺の肩に顔を乗せて、こうつぶやいた。

「ミエハル先輩が元気になりますように」

若本はそう言い、俺を抱き締めながら、頬にキスをしてきた。ネタで小さいなどと言った若本の胸が、俺の胸板に押し付けられる感覚だった。

「じゃあね、先輩!明日は元気な姿を見せてね!お休みなさい〜バイバイ!」

若本はそう言うと、若本家の中へと消えた。

突然の若本の行動にビックリしたが、間違いなくこの瞬間だけは、俺にとって若本は天使だった。

(ありがとう、若本)

大谷さんのことはもう綺麗サッパリ忘れよう、俺はそう決意したのだが…

<次回へ続く>


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