小説「15歳の傷痕」74〜本音
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ー リフレインが叫んでる ー
1
「上井くん!」
神戸は、森川と別れて宮島口駅の改札を通り、ホームに入った上井の後を追い、声を掛けた。スルーしようかとも思ったが、どうしても声を掛けずにはいられなかった。
「えっ?あれ、神戸さん!…もしかしたら、俺と彼女の後を歩いてた?」
「…うっ、うん」
「見られてたんだ…。恥ずかしい〜。なんか、ごめんね」
俺は、何故か詫びた。
「ううん、上井くん、嬉しそうだった」
「……」
「可愛い彼女だね。上井くんのことを一途に思ってるってことが、アタシにまで伝わって来ちゃった」
「…前も言ったっけ、去年の体育祭の時から、俺なんかのことを思ってくれてたから、あの子の立場になると、1年越しで思いが通じたって訳で…」
俺は大汗をかきながら、シドロモドロになって説明した。
「あの子さ、上井くんとお話しする時は、凄い笑顔でニコニコしながら上井くんのことを見てて、繋いだ手もキュッと握って、ああ本当に上井くんのことが大好きなんだなぁって、微笑ましいくらいだったよ」
「うん…。自分でも信じられないよ。あまりにもフラレてばっかりの人生だったからさ、こんなに俺のことを好きって言ってくれる女の子がいるなんて…。今でも夢じゃないか?騙されてないか?とか、余計なことを考えちゃう」
神戸は昨日、村山と話したことや、末永先生に相談したことも頭の片隅に置きながら、上井に言葉を返した。
「上井くん…。そんなことないよ。上井くんって、自分が思ってる以上に、モテてるんだよ」
上井も、若本から仮の告白を受け、結局は交際成立にはならなかったが、夏休み中は森川と合わせて2人の女子からアプローチを受けていた事、クラスメイトの大谷さんからも、誰も彼女がいなかったら立候補すると言われている事などを考えると、満更でもない気持ちになっては、いた。
しかしそんな本音を表に出す訳にはいかない。
「そんな事、ないよ」
「なんで?」
「今までさ、期待しては裏切られ、今度こそと思ったらやっぱり裏切られ…ってのが続いたから、俺の心の奥底には、今も何処かに女性不信、恋愛恐怖症が眠ってるんだ…」
「…その発端は、アタシだもんね。ごめんね」
「いや、大丈夫だよ。もう仲直りしたんだし」
「アタシはね…」
上井のことをどう思っているか言おうとしたら、先に上井が言った。
「大村と最近、一緒の場面をあまり見ないけど、大丈夫なん?」
「えっ…」
神戸は、機先を制せられた形になり、言葉に詰まってしまった。
「一緒というか、大村自体を見ないというか。昨日も神戸さん、1人で帰ってたじゃん。ヤツはそんなに忙しいの?」
「うん、予備校に直行するって言ってるから…」
「そうなんだ。予備校って毎日あるんかな」
「…大村くんの話だと、毎日ではないんだけど、偶々昨日と今日が続いてるだけだと思う。明日、全国模試があるとか言ってたし」
「じゃあ別れてはないんだね」
「うん。コンクールで一緒のところ、見掛けたでしょ?まだ大丈夫よ」
神戸は本音では大丈夫とは言いたくなかったが、そう言う訳にもいかない。上井をどう思っているかも、言えなくなってしまった。
「じゃあ、良かった。ここまで来たらさ、結婚まで行けばいいって思ってるから」
俺は半分冗談、半分本気でそう言った。だが神戸の反応は違った。
「結婚なんて…。まだ先だし、そこまで付き合ってるか分かんない、アタシは」
神戸はやっと少し本音の一部を声に出せた。
俺は思いもよらぬ返答に、少し違和感を感じた。
「何だか今日の神戸さん、いつもと違うような気がするよ?俺みたいな恋愛初心者が、高3だってのにはしゃいでるのを見ちゃったからかな…」
「ふふっ、そんなことないよ。今ね、確かに大村くんとの付き合いって、進路も含めてこれからどうなるかなって漠然としたモヤモヤはあるんだ。上井くんには言ったかな、彼はコンピューターのシステムに興味があるから、そう言う科学技術系の大学や学部を狙ってるのね」
「ああ、いかにもそんな雰囲気はあるよね」
「実は彼、アタシも一緒の大学、学部に来いって言い出してるの」
「ハァッ!?」
神戸がこの話をするのは家族以外では、村山、末永先生に次いで、上井が3人目だが、一番激しい反応をしたのは上井だった。
「なに、それ。神戸さんを奥さんとでも思ってんの?それとも大学に1人で行くのが嫌じゃけぇ、安心の彼女を共に連れていきたいの?なんにしろ、おかしいよ!」
神戸は上井の反応が、内心はとても嬉しかった。
「神戸さんは大村の保護者じゃないってーの。神戸さん、いくらなんでも、そんなことしないよね?」
「ま、まあね。アタシが進みたい道は違うから…。大体ウチの親が許さないよ。彼は県内の大学は行かないって言ってるし、ウチの親は県内の大学じゃないと駄目って言ってるし」
その内、岩国行の列車が入って来たので、上井と神戸は乗り込んだ。
「神戸さんがやりたいことって、県内の大学で出来るん?」
「一応ね。何とかそこに、推薦で入りたいな、なんて思ってるんだけど…」
「ス・イ・セ・ン!うわ、考えたことも無かったよ」
「推薦とかなら、上井くん、有利じゃない?行きたい大学とか、学部とか、調べてる?」
「えー、推薦で有利?全然そんなことないと思うよ?」
「だって、吹奏楽部の部長をしたし、生徒会役員もしてるし」
「高校受験の内申書とかなら分かるけど、大学みたいな組織に、吹奏楽部で部長してましたって言っても、そんなに効き目は…どうだろうね?」
「上井くんの希望進路によるとは思うけどね」
「希望進路かぁ。何となく現代社会とか政治に興味があるけぇ、法学部とか社会系の学部かなぁ、行きたいのは…」
「法学部なら、アタシが行きたい大学にもあるよ」
「でも神戸さんが推薦受けようってぐらいじゃけぇ、私立じゃなかろう?もしかしたら広大?」
「…うん。実はそうなんだ」
「法学部は確かにあるよね。実は俺、広大の夏のオープンキャンパスってのに、密かに参加して、法学部希望で見学に行ったんよ。合格可能性はCなのに」
広大とは国立広島大学のことだ。オープンキャンパスというのが7月下旬、俺が2回ナタリーのプールに遊びに出た狭間の日曜日に開催されていた。
「えっ、そうだったの?アタシもオープンキャンパスは行ったよ。なんだ、その頃お互いの進路とか話してたら、一緒にオープンキャンパスに行けたかもしれないね」
「ホンマじゃね。でも推薦なんて、ハードルが高すぎるよ…。共通一次も理科がどうしても足を引っ張るけぇ、模試とかの広大の可能性はC以上、なったことがないんだもんね…」
「でも上井くん、まだまだこれからだよ。広大に一緒に通えたら、アタシも寂しくないし。頑張らない?」
神戸が必死になるのは、当然そんな関係になれば、最近より束縛がキツくなってきた大村より、いつまでも心の奥で好意を眠らせている上井と、友達以上に仲良く出来るかもしれないからだ。
「奇跡的に一緒に広大に通えたら嬉しいのは嬉しいけど、大村が嫉妬するじゃろうねぇ」
「あっ、ま、まあ、その心配はある…ね。でも上井くんが広大に通って、一緒に通えたら、ウチの親は喜ぶよ」
「大村だと喜ばんけど、何故か俺は大丈夫なん?」
前にも感じたが、俺は神戸家の、とりわけお母さんに気に入られているのだろうか。
「大村くんはね、一度電話でお母さんの地雷踏んじゃったから…」
「ん?地雷?なんなん、それ?」
「お母さんが電話に最初に出たのに、それをアタシだと思いこんで、そのままタメ口で話し始めたのね。普通、喋りたい本人が電話に出たと思っても、一応確認するじゃない?」
「そうだね」
「その事があってからは、彼は気を付けてるけど、お母さんは礼儀がなってない!って怒っちゃって」
その一方、俺を好意的に思ってくれているのは何故だろう。
確かに中3の夏休みに一度電話した時、最初にお母さんが出られたので、ド緊張しながら丁寧に自己紹介してから、千賀子さんいらっしゃいますか、と本題に移ったことは鮮明に憶えているし、高校の入学式後にわざわざ俺を探して、ウチの娘が悪いことしてごめんね等とも言われたことがある。
「…お母さん、マナーとか厳しそうだもんね…」
そう俺が言ったところで、列車は玖波駅に到着した。俺が下車する駅だ。
「玖波に着いちゃった。じゃ、また話せる時があれば、情報交換しようね。バイバイ」
「う、うん。バイバイ」
俺は列車を降り、神戸はもう一駅先で降りるため、列車に乗り続けた。
(広大かぁ。行きたいけど、今のままだと難しいだろうなぁ…。1学期の期末テストがボロボロだったし)
俺はそう思いながら、家への帰り道をゆっくり歩いた。
(なんでアタシは素直になれないんだろう…)
列車の中でそう後悔しているのは、神戸だった。
(大村くんとはいつか別れるつもりだから、一緒に広大目指して頑張ろう、たったこれだけの言葉が言えない…。建前しか言えない…)
だが大村の嫉妬深さ、束縛の強さを誰よりも知る神戸は、大村に別れようと言ったって、そう簡単に別れられないことも分かっていた。
(これからみんな、どうなるんだろう)
山側の車窓を見ながら、神戸は物思いに耽った。
<次回へ続く>