小説「15歳の傷痕」51
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- IMMIGRANT SONG -
1
「で、山神さんは髪の毛以外は、そんなに変わってなかったんか?」
村山が聞いてきた。
期末テスト週間で部活が休みのため、俺はテスト本番までは、以前のように毎日村山と帰宅するようになっていた。
「うん。あの学校一番のアイドルの顔と、ちょっと天然っぽいところとか、変わりないよ」
前日に俺と中学の時の同級生、山神恵子さんが村山より先に玖波という駅で下車した後、何か喋ったはずだろうという感じで、村山は何かと山神さんについて聞いてきた。
「でも、なんで金髪に染めちゃったとかは、聞けたん?」
「んなこと、聞けるわけないじゃろ、女の子に。高校で何か辛いことでもあったんじゃないんかな?」
「まあ、そうか」
「それはまたいつか会った時に、山神さんに村山から直接聞いてみりゃええやん。俺は特に気にしとらんけぇ…」
「いや、そんな難しいこと言うなよ」
高校から宮島口駅へと下る坂を歩きながら流れる汗を、カッターシャツをパタパタさせ、少しでも涼しくしようとしたが、そんなことは何の意味もないほど、既に真夏の気温になっていた。こんな暑い日だけは、スカートの女子が羨ましく感じる。
宮島口からJRに乗り、玖波駅までの約10分が、冷房に当たれる至福の一時だった。
「じゃあまたの」
「おぉ、またな」
村山とそう言って玖波駅で先に下車した俺は、いつも最後尾に乗っているので、改札を出るのが一番遅い。
だがこの日は、いつもならノンビリ歩くスピードを、つい小走りにして改札を目指した。
同じクラスの大谷香織さんの姿が見えたからだ。
改札を出た辺りで、大谷さんを捕まえることが出来た。
文化祭直後に手紙をもらったり、日本史の授業前に夏のコンクール頑張ってねと励ましてもらったり、最近クラスの中では一番喋れる間柄の女子だった。
あながち高2に上がった時に吹奏楽部同期の広田さんから聞いた、
(ミエハルのことが気になるって女の子がおるよ。大谷香織って子…)
という話が、本当かもと思い始めていた。
「大谷さん、期末の準備、進んどる?」
と俺は普通に話しかけたのだが…
「あっ…上井くん…。ごめんね、急いでるの。またね」
「えっ、あの、大谷さん…」
大谷さんは、まるで俺のことなど眼中にないように、とっとと自転車に乗って去って行った。
その後ろ姿を見ながら、俺はしばらく呆然としてしまった。
(なんで…?突然話してくれなくなるなんて、2年前の伊野さんと同じことが起きてる?俺、嫌われたのか?)
厳しい夕日の中を立ったままでいても辛いので、とりあえず俺も帰宅したが、何故につい数日前まで親しく喋れていた大谷さんから、距離を置かれてしまったのか、その原因が全く思い当たらなかった。
俺の呼び方も、「ミエハルくん」だったのに、「上井くん」へ逆戻りしていたし…。
結局期末テスト週間2日目だったが、全く俺は期末の勉強など手に付かなくなっていた。
2
村山には大谷さんのことは喋っていなかったため、なんとなく相談するのも憚られ、帰宅時も当たり障りのない会話しか出来なかった。
大谷さんも前はクラスで俺と目が合ったら、ニコッとしてくれていたのだが、今は絶対に俺と目が合わないように、避けているのがよく分かる。
(意味が分からん…。そんなに大谷さんの気を害すること、何かしたっけ?)
まさかの出来事に、全く勉強に手が付かなくなった俺は、そのまま期末テスト本番に突入し、結果が返ってくる前から散々の出来だというのが分かるほど、各教科とも惨敗を喫した。
そして期末テストが終わり、部活は再開、生徒会もクラスマッチの準備に取り掛かるため再び活動開始となった。
期末テストの最終日、午後から生徒会役員会議が開かれたのだが、俺は出席こそしたがまるでやる気が出なかった。
山中とも久々に会い、太田さんの疑問を解消しなくちゃならないのと、夏のコンクールに出るのかを聞かねばならないのに、全然気力が出ない。
「ではクラスマッチの競技と担当者は、この通りにします」
体育委員長の佐々木真一が、ホワイトボードに各競技の日程と組み合わせ、生徒会の担当者を書いていった。
そのボードを眺めながら、俺は女子のソフトボールなのか…と確認し、相方は誰かと見てみたが、2年女子の山田綾子さんと書いてあった。
(森川さんじゃないのか…)
ちなみに森川さんは、山中との組み合わせで女子バレーボールの担当になっていた。
クラスマッチでは生徒会役員は、試合の監視役、記録役を務め、トラブルが起きたら仲裁に入り、試合が終わったら次の試合の時間を決め、待機しているクラスに校内放送で連絡を入れるなど、細かな仕事を行う。
また期間中は相方となる役員とほぼずっと一緒に過ごし、他の役員とは稀に生徒会室ですれ違う程度だ。
「上井先輩、よろしくお願いします」
と、早速相方になった山田綾子さんが声を掛けてくれた。
「あっ、よろしくね、山本さん」
「女子ソフトボールだから、ずっと外ですよね。嫌だなぁ、日焼けしちゃう…」
「俺と山本さんの2人だけなら、生徒会のテントを建ててもいいんじゃないかな…。山中か佐々木に聞いてみるよ」
「ありがとうございます。先輩が頼りです。よろしくお願いします」
山田さんは今回初めて会話したと言っていいほど、これまで接点は無かった。
だが礼儀正しく、とても好感が持てる女の子だな、と俺は思った。
何部なのかとか、徐々に聞いていけばよいか…。
とりあえず役割が決まったことで、俺は多少モチベーションが上がったが、森川さんとはクラスマッチ中はほぼ接触機会がないことも判明し、ちょっとしたモヤモヤは残った。
もっとも山中は体育祭で俺と森川さんをカップルにしてやる、と言っていたが…、俺自身、大谷さんに突然無視されるようになったことで、ただでさえ女性に対して自信がない状態なのが、加速しているように思っている。森川さんと付き合ったとして、俺は彼女をリード出来るのか?
とりあえず生徒会役員会議は解散となり、各自散り散りになったが、気力が無いながらも俺は山中に2つの疑問をぶつけるため、生徒会室に残った。
「上井、どうしたん?何か考えとるみたいじゃけど」
山中が生徒会室を閉めようと片付けながら聞いてきた。
「ああ、ごめんね。ちょっと…」
「俺に用?」
「…そうなんよ。ちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
「2つあってさ。一つは夏のコンクール、山中は出る?」
「コンクールか。うん、出るつもりだよ。ただ、練習に行けてないのは事実だよな。先生にも迷惑掛けとるし…」
「出る意志があるなら良かったよ」
「上井は勿論出るよな。打楽器で?」
「いや、バリサクで出るよ」
「えっ、バリサクで?打楽器じゃないんや」
「山中も部活に来てないから、経緯とか知らんよな。実は凄い葛藤があったんじゃけど、最後のコンクールは自分の原点のバリサクで出たいというのと、打楽器の人数が飽和状態なのとで、色んな方の意見を聞いて決断した、そんな所だよ」
「そうなんか…。原点か…。なるほどね」
俺がバリサクで出る、と聞いて、山中は何か思うことがあったようだ。
「あと、もう一つ、いい?」
俺は太田さんの疑問も預かっている。いくら俺自身が沈んでいても、太田さんとの約束を守らないと…。
「ああ、いいよ」
「山中さ、太田さんと最近どうよ?」
「太田と?うーん、確かに最近、話せてない…」
「俺みたいに失恋ばっかりしてる男が言うのも変だけどさ、彼女がいるんなら、それもモテモテの彼女なんだから、せめて授業の合間とかに声掛けて上げてよ」
「上井、太田に何か頼まれた?」
山中が突っ込みを入れてきた。
「えっ、いや、その…」
「お前はすぐ顔に出るけぇ、分かりやすいよ」
確かに今の俺は真っ赤な顔をしているだろう。
「まあ言われてもしょうがないよな。文化祭の準備で忙しくなったけど、こんなに忙しい日々が続くとは思わんかったし…。つい太田のことを放っておいちゃったのは、太田に申し訳ないと思うよ」
「じゃあ、特に別れるつもりもない…」
「ああ。こんな俺に、太田から好きって告白してくれたことは忘れんよ」
やっと山中の真意が聞けたが、太田さんの疑問はもう一つある。メガネを掛けたスレンダーな女の子と浮気してるんじゃないか?
「ハハッ、その事か!」
「太田さんは凄いショック受けとったからさ。多分、お前とは話せてないのに、お前は楽しそうに別の女の子と下校したのが寂しかったんじゃないか?」
「その相手は、森川さんだよ」
「…実は俺もそうじゃないかとは、思ってた」
「文化祭の後始末してたら、偶々森川さんも何か仕事ありますかって生徒会室に来たんよ。でもそんなに森川さんにまで頼む仕事は無かったけぇ、帰ってもらうために俺の仕事は後回しにして、一緒に帰ろうか、ってなっただけ」
「じゃあ太田さんの勘違いでええんじゃね」
「そうなんよ。あの子は何もないと言っても、俺が生徒会室に残り続けたら絶対に何かあるじゃないですかとか言って、手伝おうとするから。半強制的に帰らせようと思ってさ。ホンマは上井に間に入ってもらうことでもないレベルなんじゃけど、太田と話せてないから悪循環になっとるんよな…」
「まあ、後から太田さんには言っておくけど、山中もちゃんと話しなよ」
「うん、悪かったね」
「じゃあ、俺は部活行くけど、山中はどうする?」
「ちょっとお前の原点って言葉に、俺も少し考えてみたいことがあるから…。考えがまとまったら音楽室に行くよ」
「分かった。先生にも言っておくから」
なんとか山中については、コンクールも出る、太田さんと別れるつもりはない、浮気はしてないと、決着がついた。
それだけ確認したら、俺はもう疲れ切ってしまい、部活に出る気力が湧かなかったが、太田さんを安心させないと…という一点だけで、音楽室へ足を向けた。
3
翌日の放課後、俺は担任の末永先生に美術準備室へ来るように言われた。
前日、太田さんに山中と話したことを伝えようと音楽室に出向いたのだが、太田さんは部活を休んでいて、山中と話したことを伝えられなかった。
俺も大谷さんの件で精神的に疲れ切っていたので、昨日は太田さんが休みだと聞いて、そのまま部活を休んでしまった。早くバリサクの感覚を取り戻さなきゃいけないのは分かっているのだが…。
「先生、失礼します」
久々に俺は、美術準備室のドアをノックしてから開けた。
「おお、ミエくん、待っとったよ」
先生は期末テストの採点の途中だった手を止め、俺の方を向いた。
「何かありましたか?前に先生を悩ませた件は、無事に解決しましたけど…」
「うんうん、聞いたよ。神戸さんとやっと仲直りしたんでしょ?」
「先生の情報網は凄いですね!そうです、仲直りしまして、なんとこの前の夕方の豪雨の時は、神戸さんと2人で一緒に帰ったんですよ」
「そうなの?あの子は本当にミエくんと仲直りしたいって、アタシにも言ってたから、良かったわ」
「末永先生にも言ってたんですか?俺、もっと早く大人にならなきゃいけなかったな…」
「まあまあ、高校にいる内に仲直り出来たから、良かったじゃない。今日ミエくんを呼んだのは、別のことなのよ」
「な、なんだろう…」
「ミエくん、期末テスト対策の勉強とか、ちゃんとした?」
「あうっ!そこですか、先生…」
「今、各教科の成績が少しずつアタシの所にも届いてるんだけど、正直言うね、赤点ほどではないけど、惨憺たる結果だから、ビックリしたのよ」
「…ですよね…。全然勉強はしてません」
「何かあったの?期末の期間にご両親が病気だったとか、親戚に不幸があったとか」
「…先生にこの件の相談をするのは、神戸さんとの件を相談するより、気が重いんですが…」
「えっ、一体何が起きたの?」
末永先生は少し身を乗り出して聞いてきた。
俺は大谷さんとの間に起きたことを、言葉を選びながら慎重に先生に伝えた。
「ふぅ…、そんなことがあったのね。……カオリンがもしかしたらミエくんのことを好きらしいってのは、アタシは結構前から知ってたんだ、実は」
「へ?そうなんですか?」
「そうよ。去年、2年生の時だけど、文化祭のクラスの出し物で、洋画の吹き替えやったじゃない」
「はい…」
「その時、ミエくんが担当した吹き替えに、カオリンが凄い!上手い!って感激してたのね。アタシも確かにミエくんの吹き替えは、他の男子よりも上手いとは思ったけど、カオリンがあんなに凄いなんて言うのはなんでだろうと思って、カオリンと仲が良い女子に聞いてみたんだよ」
「マジですか、先生…」
「マジなのよ。そしたら、どうやらカオリンはミエくんのことを好きらしい、そういう結論が出たの」
俺はビックリしていた。2年に上がった時に広田さんからもたらされた情報は本物だったのだ。
だが一体なんで俺の事を気に入ってくれたんだろうか。
そしてその割に、2年の時に全くそんな素振りを見せなかったのは何故だろうか。修学旅行を筆頭に、遠足、文化祭、体育祭、バレンタインデーなど、色んな機会はあったはずなのに。俺と同じように、オクテだったのだろうか。
「だからカオリンは、ミエくんの話が本当なら、文化祭の準備で1人で残ってた時、ミエくんに話し掛けられて、嬉しかったはず。だから文化祭後に、吹奏楽部のステージも凄いって感動して、手紙を書いたんだろうね。アタシも、ミエくんのドラムは感動したもの」
「…でも期末前に駅で声を掛けた時の態度は、俺なんかに声を掛けられて迷惑って感じでした…」
俺はあの瞬間を思い出すと、泣きそうになるほど辛い。
「それが謎よね。何か見てはならないモノを見ちゃったのかな。ミエくんに心当たりはある?」
「俺、モテない街道一直線の男ですよ。何もないです」
「でもミエくん、優しいじゃない?吹奏楽部の後輩とか、慕ってくれるでしょ?生徒会の2年生とかも」
「まあ…。程々に…。お笑い担当ですけど」
「時にはその優しさが、誰かを傷付けることもあるかもしれない。その辺りにヒントがありそうね」
「うーん…」
「とにかく、期末で惨敗した原因は分かったよ。次は二学期の中間だけど、挽回してね。アタシからもカオリンに、なんとなーく聞いてみるから」
「はい、又も先生を巻き込んじゃって、すいません」
「いいのいいの。アタシの得意分野だからさ。ミエくんは今日は部活?」
「そうですね。まだクラスマッチの生徒会の準備はこれからなので…」
「じゃあ、後輩達の前では、元気で明るいミエくんとして頑張るんだよ。行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
俺は美術準備室を辞し、音楽室へ向かった。
(あ~、なんでこうも女性運に見放されとるんじゃろうか。もう告白は絶対にしないと決めてても、辛いよ…)
重たい足取りで音楽室へと向かった俺を待っていたのは…。
<次回へ続く>
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