1人で出産するということ
助産師 Beniです。
助産師として働く中で、社会全体が女性の身体のことを理解できたら、
考え方や仕組みがアップデートされて、女性がもっと生きやすくなると考え、
日々考えていることや伝えたいことを綴っています。
今日は、孤立出産(医療者の介入なく、自宅などで1人で出産すること)の危うさについて考えていきます。
昨今、未婚女性が孤立出産にて出産し、新生児が遺棄されたという内容の報道が多くなされています。
・2023年2月 京都府向日市の無職の15歳の女性が、自宅で出産した男児の遺体を用
水路に遺棄したとして逮捕。
女性の発言から家族が警察に通報し遺体発見。
女性は「死んでから捨てた」との発言をしており、家族は妊娠に気づいていなかっ
た。
・2023年4月 長崎県長崎市の下水処理場で臍の緒がついた乳児の遺体が発見された。
乳児の大きさから早産であり、トイレで流された可能性もあるとのこと。
・2023年4月 愛知県名古屋市の会社員の女性が常滑市の実家の庭に新生児を埋めたと
して逮捕。
実家の両親が庭で発見し、事件が発覚。女性は「自分で産んだ」と供述。
・2023年4月 広島県東広島市 国道沿いの畑にて、死後1−4ヶ月経過した乳児の遺
体が発見。ベトナム人技能実習生の19歳の女性が死体遺棄疑いで逮捕。
痛ましい事件が今年だけでもこのように起こっています。
彼女たちの出産時の妊娠週数や詳細な背景は不明ではありますが、共通しているであろうことは、医療者のいないところで出産した孤立出産であること、妊娠出産に関するサポートを十分に受けることができなかったことが考えられます。
そもそも、出産は女性にとって命をかけて行うほどのリスクを伴うものです。
大袈裟な、というふうに思う人もいるかもしれませんが、それほどのリスクがあることを考えて、且つ、急変する可能性を先読みして、産科の医療者は出産に立ち会っています。
大学病院に勤務している時に出産時の急変対応という講習会に出席した際、長年臨床の第一線で出産に立ち会ってきた医師がこう話していました。
「出産に立ち会うにあたってどんな出産が一番怖いか、という質問を受けたことがあります。一番怖いのは普通の出産です。何もないと思っていても、最後まで何が起こるかわからないからです。」
本当にその通りだな、と臨床経験が浅い自分でもその時思わず頷いてしまいました。
どんなにノーマルに経過していたとしても、出産時に起こる異常は急に起こったり、予測が難しかったりと最後の最後まで気が抜けないのです。
ここからは、“出産時の出血“を例に挙げて、出産が命に関わるリスクを抱えていることをより詳しく話していこうと思います。
日本の妊産婦の死亡原因のトップは出産時の出血です。
出血の部位としては、子宮内からの出血や脳出血などが挙げられますが、ここでは胎盤に関連した出血について述べていきます。
出産は赤ちゃんが娩出(母体の体の外に出ること)されたら終わりではありません。
通常の出産の流れでは、赤ちゃんが娩出されたおよそ10分後ごろに胎盤が子宮から剥がれて娩出されます。
胎盤が剥がれた場所は、例えるとすると、“かさぶた“が剥がれた傷口のようなものです。
正期産(妊娠37週以降)であれば、直径20−30cm、厚さ2−3cm、重さ500g程度になっている胎盤が剥がれたところからは当然出血が起こります。
正常な出産の場合、赤ちゃんと胎盤がスムーズに娩出されれば、その後、“後陣痛”という子宮収縮が起こり、子宮が小さくなっていきます。
これにより、子宮の収縮に伴って胎盤が剥がれた部位の傷も小さくなるので多量の出血を抑えられる、という流れになります。
しかし、胎盤がうまく剥がれないこともあります。
一部だけ胎盤が剥がれても、どこか一部がうまく剥がれないと子宮は収縮することが十分にできず、結果として胎盤が剥がれた部分からの出血が多くなることもあります。
また、赤ちゃんを娩出するまでの過程で子宮の筋肉が疲労してしまうと、後陣痛での子宮収縮が弱くなり、胎盤が剥がれたところの傷口を小さくすることができず、大量の出血になってしまうこともあります。
(その上、直前まで赤ちゃんを育んでいた子宮は血液が豊富に循環しており、妊娠していない時の子宮と比べても出血した場合には多量となる状態にあります)
また、胎盤の位置が子宮の出口付近にあることで、赤ちゃんを出産する段階ですでに大量の出血を伴う「前置胎盤」というリスクもあります。
通常、出産時の出血は500ml程度が正常とされています。
しかし、この異常な出血の場合、1000−2000mlレベルの出血は容易に、そしてとても早いスピードで起こります。
文字通り、水道の蛇口を全開にしたくらいの勢いでの出血を起こすこともあります。
病院で出産の場合、1000−2000mlを超える出血性ショックの可能性のある場合は、高次施設への速やかな転院を検討したり輸血を準備するなど、通常の出産時の対応ではない高度な対応へと瞬時に切り替えます。
挙げていけばキリがないというくらい、胎盤ひとつを例に出しても出産時の大量出血のリスクは重大であり、命に関わります。
現在、日本における妊産婦死亡例は世界的にみてもとても少なく推移しています。
それは、妊婦健診の充実や医療者の知識・技術の向上などにより、リスクのスクリーニングや著変時の対応が密に行われていることが一因と考えられます。
ただ、孤立出産のように、医療者に関わらずに妊娠期間を過ごし出産を迎える女性たちはその医療の進歩の恩恵を受けることができません。
何よりもまず、妊娠の可能性があるのなら病院に行くことが必須です。
それには、以下の理由が挙げられます。
・自分で妊娠判定を行い陽性が出た場合でも、それが子宮内妊娠であるという確認はできていない。
・もし、子宮外妊娠だった場合、部位によっては(卵管妊娠で卵管が破裂するなど)出血が原因となり命に関わる可能性がある。
・望まない妊娠であった場合、堕胎を希望するのなら法律では妊娠週数21週6日まで認められている。ただ、妊娠週数が進めば進むほど、胎児は成長するし、それに伴い、手術による母体への影響は大きくなる。
これらを知るだけでも、いかに医療者なしで妊娠期間を過ごし出産することが命に関わるのか、が伝わるのではないでしょうか?
決して冒頭に挙げた事件に関わる女性たちの行動の善悪を問いたいわけではないです。
彼女たちはきっと、ものすごく不安で、痛くて、怖かったのだと思います。
出産の経過を知っている助産師でも怖さを感じるのに、医学的知識がなく、周囲にサポートしてくれる人もいない中で、自分に何が起こっているのか理解しきれない状況で人知れず出産し、その後の処理をせざるを得なかった彼女たちの思いを考えると、とても辛くなります。
そして、身体にも心にも大きな傷を負うことになる前にできることはないのだろうか、と考えを巡らせてしまいます。
小さな流れかも知れませんが、まずは知識普及が必要であると考えます。
“妊娠・出産は病気ではない”という考えが広く認識されていますが、妊娠・出産はともすれば健康や命を失う可能性のある状態であるということを社会全体が知ることが必要なのではないでしょうか。
そして、医療機関に足を向けることができていない女性たちに対して、医療者のいない場での出産がそもそも自分の命を大変な危険に晒している、ということを伝えることが重要だと考えます。
そして、望まぬ妊娠の場合でも、赤ちゃんの命を決めかねていたとしても、助けを求めることができる場所があることをもっと伝えていかなければと思うのです。
加えて、これらの事件を報道するマスコミに対して思うのは、このような事件を起こしてしまった女性たちの背景や事件までの足取りを追うのではなく、事件が起こってしまった後、この女性たちがどのような道を辿るのか、ということを知らせてほしいということです。
自責の念やその後の自分自身の女性としての心身の健康への影響など、抱えてしまうであろう問題はきっと少なくないはずです。
そして、その問題に対して、温かいサポートがあるのか、ないのか。
決して彼女たちを責める姿勢ではなく、彼女たちを見守るような視点で、その後の彼女たちが経験するであろうことを伝えて欲しいと思うのです。
そして、サポートが足りていないのであれば、それをもっと発信していく必要があると考えます。
もっと早くに病院に行っていれば変わったかもしれない、誰かに相談していれば違う結末だったかもしれない、ということを考えるきっかけを社会に投げかけてほしいと考えます。
望まぬ妊娠はしないならしないほうがいいです。
けれど、こんなはずではなかったという状況に置かれ、悩む女性は必ずいます。
彼女たちが人生や命を投げやりに思わずにその先を進んでいけるような社会の視野の広がりが実現することを望みます。
1人で産むという選択をする女性はこれ以上増えるべきではないからです。