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自由に空想して楽しんで、そのすべてがあなただから -フォト絵本『記憶と空想』の出版まで-

Photo by Kazuhisa Natori

写真家Midori S. Inoueのニューヨークのストリートフォト、詩人の谷川俊太郎さんの言葉が重なるフォト絵本『記憶と空想』が、9月9日に出版されました。

インタビュー記事の前半では「人と同じことができない自分はダメ」と思っていた緑さんが渡米し「あなたはあなたのままでいい」という自分のテーマを見つけた経緯にふれました。後半では、写真家として活動する中で大切にしてきたこと、フォト絵本「記憶と空想」についてお届けします。そもそも谷川俊太郎さんに言葉を書いてもらうことになったのはなぜでしょうか。そこには緑さんの強い想いがありました。

「言葉を書いてもらいたい」と思い続けていた

谷川俊太郎さんの言葉に触れたのは1995年。出会いは、東京の家の本棚にあった「クレーの絵本」。画家パウル・クレーの絵と谷川俊太郎さんの言葉で彩られた美しい本だった。

「はじめて読んだときにすごく衝撃を受けて『こんな素敵な本は見たことない!』って感動したの。その時からずっと、いつか絶対私の写真に谷川さんの言葉を書いてもらいたいって思い続けてきた」

それから、谷川俊太郎さんのサイン会やイベントがあれば駆けつけるようになった。約20年後、偶然やってきた撮影の仕事の依頼が縁をもたらす。それは、谷川さんとご子息の賢作さんが子どもたちと作る舞台の撮影の依頼。主催者から「谷川さんは、手紙を読んで仕事を決める」と聞き、3年半後に勇気を振り絞って「本を出したいので、私の写真に言葉を書いてほしい」と手紙を渡した。

「その場で手紙を読んで話を聞いてくださって。谷川さんは『後で使う作品を報告してくれれば、僕の詩を使ってくれてもいいよ。そういう人ほかにもいるから』と言ってくださったんです」

それだけでも信じられない幸運だった。だけど「言葉を書いてほしい」という夢をあきらめることはできなかった。一晩考えて次の日の朝に「もう一度お話をさせてください」とメールを事務所に送る。返事はなかった。けれど、1週間後の朝、自宅のポストを開けると、一通のレターパックが入っていた。

「久しぶりにポストを開けたら、雨が続いていたからしっとりと濡れたレターパックが入っていて。中身を開けたら、谷川さんからの20編の言葉が入ってた。もうびっくりしちゃって!」

慌てて事務所に連絡をすると「驚かせようと思った」とおちゃめな返事が。それは、25年間持ち続けてきた夢が叶った瞬間だった。

自由に想像して、写真の世界で楽しんで

谷川さんが書いてくれた言葉をはじめて読んだとき「こんなに自由に写真を見てもいいんだ!」と緑さんは驚いた。そこには緑さんの写真の世界から羽ばたいて、谷川さん自身の記憶や物語で遊ぶような、自由で豊かな言葉があった。

「想像の世界で自由に遊んでいいんだよって教えてくれる気がしたの。子どもの頃は誰でもそういう力を持っているけど、大人になると忘れちゃう。失ってしまったものを気づかせてくれる感じがしたんです」

子供のように自由に写真を見て楽しんでもいい。それは、これまで緑さんが個展で伝え続けてきたこととも繫がっていた。来てくれたお客さんと写真をどんな風に見て楽しんだか、お喋りをするのだ。その様子をInsta Liveで配信し、写真を通して空想した世界を一緒に味わう時間をつくっていた。

「この間話したお友達は、セントラルパークの写真を見ながら、15年前に観た映画『ホーム・アローン』の鳩おばさんを思い出したって言い始めたんですよ。調べたら『ホーム・アローン2』に「鳩おばさん」ってキャラクターがいて、写真の撮影場所と同じ場所で登場するの。すごい偶然だなって、2人で笑っちゃった」

写真を自由に楽しんで、自分が感じたことを大切にしてほしい。その思いは、静岡大学教授の竹之内裕文さんとの出会いで確信に変わっていく。対話の場づくりを専門にされてきた竹之内さんと一緒に、緑さんの写真から感じたことを語り合う「アートの対話ワークショップ」を看護学校などで開催することになった。ワークショップでは、写真から想像した事を通して、その人の内面に触れる機会になるのだという。

「面白いの。写真の見方は人によって全然違う。他の人の言葉を聞いたり、自分の言葉を話すことによって、そんなことを考えていたんだって人の違いにも気づく。なにより、人と話すことで自分自身のことを知っていくと思うんです」

写真をきっかけに自由に空想し、対話することで人との違いを知る。そして、そのことが自分自身を知ることに繫がっていく。その確信は、いつしか長年のモットーと深く重なっていく。それは「写真は記憶、未来へのバトン」という言葉だった。


写真は記憶、未来へのバトン

日本に帰ってきてから、ポートフォリオや家族写真の撮影を引き受けることが多かった緑さん。撮影するたびに、伝えてきた言葉がある。それは「写真は記憶、未来へのバトン」という言葉。フォト絵本「記憶と空想」に込められたメッセージを紐解くため、この言葉の意味を追ってみよう。

「とにかく写真を撮ること、撮られることを好きになってほしい。そして、家に飾ってほしい。そこからはじまっているんです。私は、写真にはその人が愛されている記憶が写っていると信じているんです」

写真には愛されている記憶が写る。それは、自身の経験に基づいている。忙しい両親のもとに生まれて、自分はあまり愛されていないと思っていた緑さん。ある日お父さんが撮った小学校の応援団の時の写真を見た。体操着姿の緑さんが主役で写っているものだった。

「何気ない写真だけど、『あ、私も愛されていたんだ』と思ったの。家族写真やポートレートで、その人が美しく輝くのは周りの人たちの愛があるからだと思うんです。写真の中には、想い出、匂い、空気、言葉、愛された記憶やDNAに書き込まれたこと、全部が載っている」

赤ちゃんのニューボーンフォトを撮影するときも、そう信じて写真を撮る。大きくなった時に見返して、自分は愛されて生まれてきたんだと思えるように。自分に自信がなくなるときもある。そんな時のために、未来に向けてこの美しい瞬間を記憶する。

「その人らしさに光があたるとき、シャッターを押す。そこに、その人のすべてがある。だから、スマートフォンとか、モニターのバックライトじゃなくて、プリントして部屋に飾ってフロントライトで写真を見てほしい。あなたらしさに光をあてて、愛でてほしい。こんなに素敵なんだ、私は愛されているんだって気づいてほしいんです」

写真は、愛されていた記憶を、その人のすべてを未来に届けるバトン。緑さんにとって、写真はただの紙切れではなく、未来へのメッセージなのだ。


あなたがつくる、100万通りのストーリー

さて、フォト絵本『記憶と空想』に戻ろう。

フォト絵本『記憶と空想』は、緑さんにとって、これまでの写真家の活動で大切にしてきたことのすべてを込めた1冊になった。

ページをめくると、緑さんの写真と谷川俊太郎さんの言葉が飛び込んでくる。豊かな言葉と写真の情景を味わい、空想の物語を広げてほしい。そんな想いを込めて、サブタイトルには『100万通りのストーリー』とつけられている。

「本をぱっと開くと、みんなの空想のストーリーが飛び出す絵本のように広がっていく。私の写真や、谷川さんの豊かな言葉からそれぞれの物語が膨らんで広がっていく。そんな本になったらいいなと思うんです」

物語と言っても、難しく考える必要はない。例えば「今日の晩御飯何にしよう」とか「昔こういう場所に行ったな」でもいい。写真を見て、頭の中に浮かんでくる色んなつぶやきや言葉、そのひとつひとつを大切にしてほしいのだという。

「アメリカのシスターが教えてくれた『Believe in your gut.』という言葉があるんです。gutは、お腹という意味。本当にやりたいことは大きな声じゃなく腹の底からささやきかけてくる。だから、心のおもむくままに何気ない直感を大事にしてほしい」

思い浮かんだことは、本に書きとめてもいい。落書きやメモができるようにページの余白も大きめにした。そこには娘たちが小さいころに谷川俊太郎さんの絵本「もこもこもこ」に落書きをしたことを怒り、彼女たちの直感を受け止められなかった後悔も込められている。

「どんな風に楽しんでもらっても構わない。とにかく本を使ってほしい。そのすべてがOK!そこから生まれるものがいまのあなた自身なんです。そのままのあなたを肯定してほしい、そう思って本を作ったんです」

「あなたはあなたのままでいい」を伝えたい

「あなたはあなたのままでいい」

緑さんが言いたいことは、その一言なのだ。
写真家の活動も「記憶と空想」の出版も、その言葉に繫がってゆく。

「娘たちの子育てのために久しぶりに日本に帰ってきて、私の小さい頃と日本の教育があまり変わってないなって心底思ったんです。現代の子どもたちはもっと生きづらい子も増えていると思う。『そのままでいいんだよ』って伝えたい。これから30年はそれがミッションだと思っているんです」

挑戦はまだはじまったばかり。フォト絵本『記憶と空想』の出版のために6月にクラウドファンディングに挑戦し、300万円以上の支援を集めた。これからは出版した本を多くの人に届けるために、本を持って色々な場所を訪ねてゆく予定なのだという。

その先には、自身の原点であるNYが見えている。

「いつかこの本を持ってニューヨークに行きたいんです。展示をしたり、昔写真を撮らせてくれた人たちに会いに行って『ありがとう、私は私らしくやっているよ』と伝えたい。それが次の私の目標です」

フォト絵本『記憶と空想』のページをめくって、そこから生まれるあなたの言葉に耳を澄ませてほしい。それはまぎれもなくあなた自身なのである。そのすべてを肯定してほしい。そう思いながら、緑さんは写真家として活動してきた。

「何かをしようとすれば、色んな人が好き勝手言ってきて自分の声がわからなくなるときもある。でも人なんて関係ない、自分らしく進んでいけばいい。私自身にもそう言い聞かせているし、そのことをみんなに伝えたいんです」

あなたはあなたらしく生きていい。

そのことを伝えるために、写真家Midori S. Inoueは、これからも誰よりも自分らしく生きていく。

(text.荒田詩乃)

フォト絵本『記憶と空想』オンラインショップ

https://newyorkloveletter.com/onlineshop


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