シュフの賄いパスタ。 【食エッセイ】
カチ、カチャ、ジュー
軽やかな音が店内に響く。
食器にカトラリーがあたる音、大きな扉の冷蔵庫がひらく音、鉄のフライパンでお肉に焼き目をつける音、高熱のオーブンが完成を知らせる音…
いくつもの音が複雑に、最終的にはひとつになって空間をつくる。
開店前のレストラン。
それぞれが持ち場の準備に追われている。
音がよりいっそう緊張感を高め、
香る食材のにおいだけが場を和ませていた。
大学生の頃、近所のレストランでアルバイトをしていた。
大食いが転じて料理好きとなり、本場で修行をするべく潜り込んだ。貧乏学生には縁もゆかりもなかった、完全予約制のお店。
どんな怖い人がいるのかしら…とドキドキしたのも束の間。
中から出てきたのは、ジャムおじさんみたいな中年男性と無愛想な子犬系イケメン。それが、シェフとスーシェフさんとの出会いだった。
彼らは、私の出勤時間よりもずいぶん前に、自分の持ち場にいる。シンプルな黒色のTシャツに、寝癖を残したヘアスタイル。そのラフさは第一印象を思わせた。
やるべきことを終わらせて、包丁を研ぎ、ステンレスの調理台をピカピカにする。
さっと真っ白のユニフォームを羽織り、
”シェフ”になる準備をする。
お客さんが入店すれば、あたかもずっとその姿だったかのように、本物の彼らが場を彩っていた。
午後3時。
最後のお客さんを見送り、魔法が解ける。
真っ白の衣がすうっと溶けて、普段のふたりに戻る。
「「は〜疲れた〜」」
無敵に見えていた彼らも、やっぱり人間なのだと思う瞬間。
素早く片付けを終わらせて、私たちの遅めのランチライムが始まる。
「なに作ってるんですか?」
「今日もパスタやね。」
賄い担当は、スーシェフさん。伊勢出身の彼は、独特の訛りと持ち前の人懐っこさがなんとも愛らしかった。
「手伝いましょうか?」
「いや、いいや。料理中に人の手が入ってしまうと、味が変わってまうからね。」
「!!」
ドキッとした。これは本物の発言だと思った。食材を選び、完成をイメージし、作業に移る。この一品ができるひとつひとつの過程で、シェフの息が吹き込まれる。その神聖なる瞬間に手を触れてはいけない、のだ。
お皿を準備し、その場からすっと姿を消した。
すべては美味しいパスタのために。
うつくしい芸術作品を味わうために。
・
あの空間で、もふもふしたシェフとふわふわしたスーシェフさんと食べた、賄いパスタ。
オイルパスタにクリームパスタ、トマトソースやバジルの効いたソース…
どれも絶品で、そして、美しかった。
ずっと昔の話。
それなのに、今でも鮮明に思い出せる、あの味。
ひとりの夜、無性にパスタを作りたくなる。
誰にも邪魔されず、好きな具材を思いのままに、組み合わせる。
オイルパスタにしようかなと思いながら、にんにくを刻んだのに
やっぱりクリームも捨てがたくて。
お得に手に入った桜エビをふわっと添えて
まろやかに仕上げたい。
気まぐれに、好き勝手に。
けれど必ず、ひとりで作る。
賄いパスタのルール。
これを満たすなら、なんだっていい。
いろんなノイズをひとつにまとめて、一期一会をつくる。
白ワインをグラスに注いで、香りを楽しんで。
そういえば、シェフはヘビースモーカーだったし、スーシェフさんはお酒が飲めなかったな…
と、思い出に浸りながら。
📝シュフの思い出パスタメモ
『桜エビの和風クリームソース』
材料:(一人分)
パスタ100g、塩
桜エビ、小松菜、玉ねぎ、しめじ、にんにく
牛乳200ml、小麦粉少々、塩、(白だしorほんだし)
作り方:
1. 沸騰したお湯にパスタと塩を入れ硬めに茹でる。
2. 1の間にソースを作る。オリーブオイルに刻んだニンニクを入れ、ニンニクの匂いが立ってきたら、桜エビ半分、その他お好みの具材を入れる。
3. 弱火にして2に牛乳を入れ、ふるいにかけながら小麦粉を入れとろみを出す。※沸騰させないよう注意。
この時に、塩で味を整える。物足りなければ、白だしやほんだし等を入れて様子を見る。
4. 3に茹でたパスタを入れ、中火にし、茹で汁、オリーブオイルを入れ、素早く混ぜ合わせる。
5. 皿に盛り付け、残りの桜エビを乗せて完成。お好みで粗挽き胡椒や七味をどうぞ🦐♪