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卒業という名のエンドロール
卒業。
早かったような、遅かったような。そんな日々。
僕の中での日常は、普通ではない現実が当たり前のように過ぎることを意味した。
それをどう捉えたか、どう感じたかで少しは変わると思っていた。
僕が感じたのは「絶望」でしかなかった。
写真を撮りたいというメッセージに、卒業式関連のストーリー。
僕がどんどん狭くなるのを感じた。
単純に羨ましかったのかもしれない。僕があの時、あの瞬間に、失敗をしなかったら。
僕の体がこんなにも弱くなかったら、当たり前を乗り越えていたら。
僕が僕として生きていなかったら。
私として、幸せに生きていたんだろうな。
ありもしない現実を夢見ることもなかったはず。
希望に満ち溢れて、友達という存在を愛し、愛されることを恐れずに、笑って過ごしていたはず。
今はただただ、目の前の現実が哀しい。苦しい。
私が僕として生まれ変わったこと。
私が私を殺したこと。普通のみんなとは同じような日々を送れなかったこと。人を苦しませたこと。
私の生き方を否定されたこと。
今はただただ、淋しい。過去が、寂しい。
僕が1人で人生をあるけないこと。たった独りでいること。
大勢の人の前で、名前を呼ばれ、返事をして歩く僕を想像してみて。創造して。
僕は嬉しそうに見えるかな。
それでもやっぱ変わらず悲しそうかな。
僕の人生という名の映画に流れるエンドロール。
さよならが恋しい訳じゃない。
別れが愛おしい訳でもない。
1つの節がここで着くこと。
春、卒業、僕の人生がここで終わる。
ありがとう、今までの私。
さようなら、今までの僕。
ねぇ、この映画の終わりはさ。儚いままで痛いな。
幸せも辛さも全部、僕にはあるよ。
両の腕では抱えられないほどの感情が、ここにはあるよ。
僕はいつだって、人間の儚さを愛した。
愚かさを憎んだ。
ねぇ、この映画のエンドロールに僕の名前は載っているかな。
僕は最後まで輝いていたかな。
こんな人生でも、こんな形の卒業でも。
僕のエンドロールは私だけのもの。
卒業、其れは終わりじゃない。
卒業、其れは新しい人生を意味する。
卒業という名のエンドロールを僕に。
卒業という名のエンドロールを私に。
ひとつの人生にひとつの節を…。