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医療機器 ユーザビリティ (4)
過去のいくつかの記事で、医療機器のユーザビリティエンジニアリングは、民生機器のユーザビリティエンジニアリングと重視してる点が異なるということを説明して来ましたが、最後に現在の62366規格において、民生機器で行われるような一般的なユーザビリティ評価がとのように捉えられてるのかを簡単にご紹介します。
(※) ここで紹介する各ドキュメントの引用の日本語訳は仮の翻訳です。JIS版が出ているもので、その正式翻訳が知りたい方は、そちらを参照してください。
IEC TR 62366-2:2016
IEC 62366は、2014年のAmendmentを経て、IEC 62366-1 という規格要件が書かれたドキュメントと、IEC TR 62366-2という参考情報やデータが記載されたTechnical Report の、2つのドキュメントに分かれました。そしてそのIEC TR 62366-2は、IEC 62366-1の要件を満たすためだけのガイダンスだけではなく、より包括的な幅広いユーザビリティの要素について言及されています。IEC TR 62366-2では、次のようにこの技術報告書のテーマは2つあると記載されています。
This technical report has two main themes:
- information about efficient ways to implement elements required by IEC 62366-1:2015; and
- additional information, in particular how USABILITY relates to attributes such as TASK EFFICIENCY and USER satisfaction, which can enhance a MEDICAL DEVICE’S commercial success.
本技術報告書は、大きく2つのテーマで構成されている:
- IEC 62366-1:2015で要求される要素を実装するための効率的な方法に関する情報、および
- 追加情報、特に ユーザビリティが 、タスクの効率性やユーザー満足度など、医療機器の商業的成功を促進する要素とどのように関連するか
簡単に言えば、IEC TR 62366-2は、安全な使用に直接的に関係することだけではなく、民生機器のユーザビリティエンジニアリングで議論されるような内容に近いことも含まれているということになります。そしてそれが上記の2つ目のテーマであり、主に62366から削除された「Usability Goals」関連の記載になります。
IEC 62366-1の対象範囲とそれ以外
IEC 62266-1では、安全に関するユーザビリティの最適化に特化している、即ち、使用関連リスクを可能な限り提言することを重視していますが、製造業者としては、そのようなIEC 62366-1の対象範囲とそれ以外の範囲については、どこまで対応するべきなのしょうか。IEC 62266-1では、次のように説明されています。
MANUFACTURERS can choose to implement a USABILITY ENGINEERING program focused narrowly on SAFETY or more broadly on SAFETY and other attributes, such as those cited above...
製造業者は,ユーザビリティエンジニアリングを安全に限定して実施することも可能であり,安全に加えて上記の他の要素にも注目したより広い範囲で実施することも可能である...
製造業者としては、IEC 62366-1の要件を満たすには、IEC 62366-1に沿った対応が必要ですが、それに加えてそれ以上のことも考慮することも可能だということになります。もちろん製品を製造している企業として、多くの人に使ってもらえるようなユーザーフレンドリーな製品を作って提供するにはそのような要素を検討することも重要となるかもしれません。
商業目的のユーザビリティエンジニアリング
ただし、注意しなければならない点があります。IEC TR 62366-2では、IEC 62366-1の意図に合致しない「Usability Goals」の点については、次のように厳密な商業目的のためのものだと位置付けており、使用関連リスクのエビデンスとして用いることはできないと説明しています。
Developing USABILITY GOALS for commercial purposes
商業目的のためのUSABILITY GOALSの設定
The main objective according to IEC 62366-1 is USABILITY as it relates to SAFETY, which implies that purpose for USABILITY EVALUATIONS is to mitigate RISKS associated with CORRECT USE and USE ERRORS. However for strictly commercial purposes, a MANUFACTURER can establish USABILITY GOALS for a MEDICAL DEVICE in development because such goals can concentrate USER INTERFACE designers on the important TASK of engineering USABILITY into a MEDICAL DEVICE, rather than treating USABILITY as a vague and elusive outcome...
IEC 62366-1 の主な目的は安全性に関連するユーザビリティであり、ユーザビリティ評価の目的は、正しい使用と使用エラーに関連するリスクを低減することであることを意味する。しかし、厳密な商業的な目的のためであれば、製造業者は開発中の医療機器のUSABILITY GOALSを設定することができる。なぜなら、そのようなgoalsによって、ユーザインタフェース設計者は、ユーザビリティを曖昧で捉えどころのない結果として扱うのではなく、医療機器にユーザビリティを設計するという重要な タスクに集中することができるためだからである...
Importantly, evidence that USABILITY GOALS have been met should not be cited as evidence of acceptable use-related RISK, specifically because data such as TASK performance times and subjective ratings are not necessarily good indicators of acceptable RISK.
重要なことは、USABILITY GOALSが達成されたという証拠は、受容できる使用関連リスクの証拠として引用されるべきではないということである。特に、タスクの実行時間や主観的評価などのデータは、必ずしも許容できるリスクの良い指標とはならないからである。
前の記事でも簡単に説明しましたが、民生機器の開発で主に行われるような一般的なユーザビリティ評価活動は、IEC 62366-2で説明されているように、あくまでも商業目的として企業が独自の判断で行う活動であり、IEC 62366-1やFDAのHFEガイダンスが求めるものとは異なるものになります。
米国FDAのあるHF担当官は、「2021 International Symposium on Human Factors and Ergonomics in Health Care」にて、62366規格が以前要求していたようなUsability GoalsをAcceptance Criteriaとして設けることについて「We don’t agree with it」とお話しされていました。
Wiklund et al. (2010)の言葉を再度借りるならば、そのようなユーザビリティ評価活動は、IEC 62366-1やFDA HFEガイダンスに基づいて、安全かつ有効な製品をデザインし、そのデザインを検証し、残留するリスクが受容できる範囲内にあることを証明することにはならないのです。
まとめ
規制が求める医療機器の使用に関するデザインの最適化活動と、市場が求める医療機器の使用に関するデザインの最適化活動は、重視している点が違うということを理解しておく必要があります。特に日本では民生機器のユーザビリティエンジニアリングが広く知られています。医療機器におけるユーザビリティエンジニアリング/ヒューマンファクターズエンジニアリングとは何なのか、このような規格やガイダンスの内容の意味や背景を考えると理解できるのかもしれません。
参考情報
IEC. (2014). IEC 62366:2007+AMD1:2014. Medical devices - Application of usability engineering to medical devices
IEC. (2020). IEC 62366-1:2015+A1:2020. Medical devices Part 1: Application of usability engineering to medical devices
IEC. (2016). IEC TR 62366-2:2016. Medical devices - Part 2: Guidance on the application of usability engineering to medical devices
JSA. (2019). JIS T 62366-1:2019 医療機器―第1部:ユーザビリティエンジニアリングの医療機器への適用 / Medical devices -- Part 1: Application of usability engineering to medical devices
JSA. (2020). JIS T 14971:2020 医療機器―リスクマネジメントの医療機器への適用 / Medical devices -- Application of risk management to medical devices
ISO. (2019). ISO 14971:2019 Medical devices — Application of risk management to medical devices
MHRA. (2021). Guidance on applying human factors and usability engineering to medical devices including drug-device combination products in Great Britain. Version 2.0.
U.S. FDA. (2016). Applying Human Factors and Usability Engineering to Medical Devices Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff.
Wiklund, M. E., Kendler, J., & Strochlic, A. Y. (2010). Usability Testing of Medical Devices (1st ed.). CRC Press.
Wiklund, M. E., Kendler, J., & Strochlic, A. Y. (2015). Usability Testing of Medical Devices (2nd ed.). CRC Press.