山下一路歌集『世界同時かなしい日に』

山下一路さん『世界同時かなしい日に』読了。山下さんが亡くなった後、「かばん」の有志が共同編集した第三歌集です。第二歌集から50首を選んで豆本にした「よりぬきスーパーアメフラシ」だけ読んで「軽やかで明るい口語短歌の歌人」と思っていましたが、そう見せかけた反体制思想の強さに驚きました。
山下一路さんの『世界同時かなしい日に』を読み、「現実社会が瞬間に変質し、新たな世界が生まれでる予兆を、直感によつて言葉に書きしるす、その、それ自体幻想的な行為をあへてする自覚なしに、歌人の営為は存在しない」という塚本邦雄の言葉を思い出しました。
山下一路さんの『世界同時かなしい日に』から何首か紹介しますが、インターネット上で、修辞というオブラートを外して説明すると、思想信条の異なる人から攻撃されそうな作品も多いので、短歌の選択や説明が行き届かないかもしれません。気になる方は御自分で読んで、過激さを確認してください。

たいせつな藁にくるまれ納豆みたいな糸を吐く子供たち   山下一路『世界同時かなしい日に』
「たいせつに」ではなく「たいせつな藁」なのが物事の本質というか、重要性の判断を見失っているというか。子供なんだからこれから成長するはずだったのに、くるまれすぎて腐り始めてますね。

日高屋に突っ伏したオヤジの上をズンズン手渡され行く羽根餃子   山下一路『世界同時かなしい日に』
店員にとっても他の客にとっても酔い潰れている中年男性より、焼きたての餃子の方が優先度が高いでしょうからね。「ズンズン」の逞しさと「羽根」という細部へのこだわりが魅力的です。

星条旗に星がひとつくわわったゆう焼けのグラウンドに起立する   山下一路『世界同時かなしい日に』
星条旗の星の数はアメリカの州の数、新たに加わった星は「アメリカの属州」と揶揄される日本だと読みました。主体はアメリカへの忠誠を誓って起立しているのでしょう。

太郎の上に圧力次郎の上にも圧力眠りのうえに雪はふりつむ   山下一路『世界同時かなしい日に』
三好達治の詩「雪」を下敷きにしていますが、太郎と次郎を眠らせているのは雪ではなく圧力のようです。

ないよりはだいぶいい虫コナーズ ぶらさげているヒロシマの鐘   山下一路『世界同時かなしい日に』
「ないよりはだいぶいい」は虫を完全に近づけない状態とは程遠いでしょう。平和に対するヒロシマの鐘(に象徴される広島原爆投下に対する思い)は、虫に対する虫コナーズと同格なのでしょうか。

南の島で父の落とした勲章をボクが拾う死んでも星は増えないのに   山下一路『世界同時かなしい日に』
東南アジアの島は太平洋戦争の激戦地で、戦死者が多数出ました。名誉の戦死と称賛されても、結局はそれだけのことだったんですよね。

肩のうえのカナリヤが息をしてない大丈夫ですって言ってたのに   山下一路『世界同時かなしい日に』
昔、炭鉱で毒ガス検知のためカナリヤを使っていました。オウム真理教施設の捜索時も、捜査員がカナリヤを持っていました。そのカナリヤが息をしていないってことは主体も大丈夫ではないです。

国連が届けてくれたウーバーイーツ戦場でも崩れない豆腐   山下一路『世界同時かなしい日に』
戦場で豆腐が崩れていても誰も気にしないだろうし、豆腐より優先度の高いものは戦場では無数にあります。しかも、国連側は安全な場所にいて、ウーバーイーツにお金払って豆腐を配達させています。

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