2023年1月配布のフリーペーパーより
「此岸」 佐藤 涼子
吸ひ込めば肺を冷やして朝の風さくらも春もすこし苦手で
ひんやりと塗りはじめたるビリジアン広がりてゆく房総の海
私から私を脱げず春果てし海のかなたに蜃気楼立つ
アンクレット細く光らせ立ちつくす若葉の雨の冷たい街で
暴かるる快楽はあり夕暮れの海辺にやまざる風を恋ひつつ
どちらかと言へば勝者の岸に立ち雨降る街に言葉を鎖す
空調に冷え切りし部屋いくつもの無精卵めく頭蓋ならべて
光差す地球儀指にまはしをりブルースマンのだみ声のなか
我がうちに暗き枝葉は広がりて肉桂の木のさやぎやまざり
耳たぶの冷えてゆきたる夕暮れに切岸めける言葉を選ぶ
胸の上に詩集をのせてめくりをり点滴といふ陽だまりにゐて
たつぷりとアイスカフェオレ手に重く此岸に蝉の声を聞きをり
「菩薩」 佐藤 涼子
芋煮会煤けし軍手火に焚べる
猪の腸熱し軍手ゴム手を重ぬれど
鹿跳べりフロントガラス蹴破りて
秋天や畳引き摺り洋弓部
古書市にディランの詩集鰯雲
煙草の先寄せて貰ひ火秋の夜
あざーすと客引くホスト夜寒なる
吐瀉受けしごみ箱洗ふ寒夜かな
スカジャンに刺せる菩薩や分厚かり
踏まれたる短靴磨ける霜夜かな
二〇二二年は短歌も俳句も頑張ったが、賞を貰ったり、華々しく活躍することは一切なかった。その代わり、近所のスポーツクラブのプールに通い始め、平泳ぎができるようになった。
短歌と俳句以外にも、アコーディオンを弾いてみたいとか、水彩画を描きたいとか、ロックバンドを組みたいとか、作詞作曲をしてみたいとか、色々やりたいことは多い。どう考えても無理じゃないかと思うことばかりだが、長年まともにできなかった平泳ぎがあっけなく泳げるようになったことを思えば、案外やれそうな気がする。
※ 2023年1月開催の京都文学フリマで、塔短歌会ブースでのフリーペーパーが配布されましたが、その内容を転記しました。