斉藤梢歌集『青葉の闇へ
斉藤梢さんの歌集『青葉の闇へ』読了。名取で東日本大震災に遭い、仙台に転居した作者の2013年から2024年2月までの作品ということで、地元民しか知らないような地名や震災体験の描写は、同じ宮城県民として身につまされます。震災と無関係な作品にも、地名やアイテムの扱い方に訴求力を感じました。
私にとっての東日本大震災は仕事と切り離せないもので、とにかく感情が動かないように感受性を麻痺させていたので、斉藤梢さんの『青葉の闇へ』を読み、普通の暮らしをしていた人々の震災の体験や記憶による感情の揺さぶられ方に真っ当さを強く感じました。歌集から印象に残った作品を紹介します。→
苦しみをあらはに詠みし夜の歌のおとなげなさを反故にする朝 斉藤梢『青葉の闇へ』 夜=よ
当時、どんなに悲惨な体験をした人でも自分と同等かそれ以上に悲惨な体験をした人を思うと、自分の苦しみを声高に主張できませんでした。夜は本音が出たけれど、朝になって冷静になったんでしょうね。
弱音はく人の強さと弱音はかぬ人の弱さと 夜のひまはり 斉藤梢『青葉の闇へ』
弱音をはくことができるというのは衝撃的な出来事に対する正常な反応で、自分の苦しみや悲しみを発現できない人の精神状態の方が危ういものです。太陽の明るさの象徴のような花が闇に咲いている状況とリンクしますね。
(宮城県行方不明者)一人減る二〇一七年三月九日 斉藤梢『青葉の闇へ』
発災から約六年後に生存者が見つかるわけはありません。この書き方だと恐らく死者数は増えていないので、多分、DNA鑑定の精度が上がって身元不明だった御遺体の身元が判明したか、御遺体の一部が発見されたのでしょう。
もう人が住めない地区の新しい〈避難の丘〉の手すり冷たし 斉藤梢『青葉の闇へ』
復興祈願マラソンをめぐる連作の一首。仙台市若林区藤塚地区は津波被害により住民が集団移転しましたが、その寂しさを手すりの冷たさという体感に落とし込んでいます。
店頭に立ちて売りたし あの夏に山積みされた記憶の桃を 斉藤梢『青葉の闇へ』
作者の夫の故郷である福島をめぐる連作。桃は福島の名産品で、みずみずしいのに歯応えがあるのが特徴です。私は毎年せっせと食べていますが、2011年は店頭で見かけた記憶がありません。
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