逢坂みずき歌集『昇華』
逢坂みずきさんの歌集『昇華』読了。主体は地元を離れて進学・就職した後、実家に戻って家業を手伝う生活を送っているのですが、地縁・血縁社会である地元の価値観に強い違和感を抱きながらも家族を嫌いにはなれない葛藤を感じました。一方、主体の恋愛や性愛に対する拒絶感の強さも印象的でした。
逢坂みずきさんの歌集『昇華』の中には「結婚はしたいけど恋愛はしたくない」「生きづらさにリスロマンティックと名が付いた」というような内容の短歌が随所にあり、血縁によって一族を維持することを求められる社会での生きづらさの原因はこのあたりにあるのかもしれないと思いました。
春浅き夜道を歩くトイレットペーパー抱くとやや温かい 逢坂みずき『昇華』
肌寒い夜のほのかな温もりを生き物ではなく無機物、しかもトイレットペーパーに感じているというのがシュールですね。主体にとっては、人間の温もりよりも素直に受け入れられる温もりなのかもしれません。
この身より滲み出したる液体の付着せる紙幣世を巡りいむ 逢坂みずき『昇華』 滲み出し=しみいだし
事実は知りませんが、連作の設定としては、過去に片想いした相手を思い出しつつ、ネットかアプリで知り合った他人と肉体関係を持った後と読みました。紙幣はどうでも良くて早く手放したかったのでしょう。
十五歳の胸囲のままで陽を浴びて新古車みたいになりゆく軀 逢坂みずき『昇華』
同じ連作の中では、友人が出産しています。母親になった友人に対して、自分はまだ中学生の頃と同じ体型のまま年齢だけ重ねているというもどかしさの表現として「新古車」はよく言い切ったと思いました。
理科室のにおいで吐き気をもよおした初めて生理が来た冬の日の 逢坂みずき『昇華』
理科室のにおいは平常時なら平気だったんだろうけど、初めて生理が来たことによる体調変化で吐き気を催したのだと読みました。その記憶が忘れ難いのは、大人の女性の体になることへの変わらぬ違和感でしょうか。
結婚をするのも仕事の一つにて家族経営のどん詰まりにいる 逢坂みずき『昇華』
結婚で家業を維持しなければならない立場は大変そうですが、それがリスロマンティックの主体となるとかなりの重荷でしょうね。他の収録歌には、主体は一人娘であるという情報も出てきます。
異性としかできないことは少なくて長さのちがう箸をならべる 逢坂みずき『昇華』
異性としかできないことにあまり魅力を感じておらず、箸の長さの方が重要なのかもしれません。上句の感慨から下句の日常の動作への移行が秀逸です。
死にてぇと少し思った死にてぇと思えるくらい時間は経った 逢坂みずき『昇華』
一連の歌から考えて「時間」は東日本大震災で甚大な津波被害を受けてからの歳月だと読みました。「少し」というあたり、自暴自棄ではあるけど深刻に自死を考えているわけではない軽さがあり、時間経過による回復を感じます。