「雨の匂いの歌」

曇天に雨の匂いの風強く知らない方が良いこともある


子どものころから、明るく輝く太陽のようなものよりも、陰影のある雨の気配を感じさせるものが好きだった。小学生のころ、毎日のようにテレビで見かけたアイドルにはまったく興味が湧かなかったのに、FMラジオで聞いた一曲だけでThe Street Sliders(ザ・ストリート・スライダーズ)というロックバンドの虜になったのも、「Angel Duster」という曲の持つ深い陰に惹かれたせいかも知れない。

スライダーズの歌詞は文学性が高く、特に風景の描写が秀逸だったが、晴れ渡った青空や太陽の光を描いた作品はごく僅かで、「すれちがい」「のら犬にさえなれない」「Time is everything to me」「蜃気楼」「VELVET SKY」「虹を見たかい」等、雨の光景が印象的な作品が多かった。ブルースの影響を強く感じさせる横ゆれのロックンロールは雨の匂いを含んだ湿った風のように重たく、決して心浮き立つ明るいものではなかったが、だからこそ陰影の深さを信じられた。

スライダーズ解散後も、私の音楽の好みは現在に至るまで相変わらずで、HARRY、SION、踊ろうマチルダ、loach等、ブルース色の強いアーティストの音楽ばかり聴いている。彼らの楽曲は、耳障りの良い軽い言葉がテンポ良く並ぶヒットチャートの陽気さとはほど遠く、不安も憎しみも苛立ちも悲しみも全てを剥き出しにする土砂降りの雨のような歌だと思う。だからこそ私は彼らの音楽を信頼しているし、雨の向こう側に何があるのか知りたくて、聴いていると苦しくなるような歌を繰り返し聴き続けるのだ。

残念ながら楽器も歌もたいして上手くない私は、ブルースを歌う代わりに短歌を作り始めた。好きな歌人は大勢いるが、短歌を作るうえで一番影響を受けたのはスライダーズを初めとする大好きなアーティストの音楽だと思う。そのせいか、私は、明るく美しく万人に好かれる短歌を作りたいとはまったく思わない。それでも、小学生の私がラジオから流れた「Angel Duster」で恋に落ちたように、この世界のどこかに私の短歌を好きになってくれる人がいてくれたら嬉しい。


出刃の背で銀杏叩く雨の夜 運命なんて信じていない


※2016年発表のエッセイです。

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