短歌五十音(ゆ)雪舟えま『たんぽるぽる』
ふきとぶ
『たんぽるぽる』は、この4首から始まる。
この4首を読んだとき、意識だけでなく、身体ごと吹き飛ぶような感覚に襲われた。
パーツごとの言葉の意味はわかるのだが、それが組み合わさったときに、とたんに論理的ではない世界に迷い込む。
その世界は、どうも今いる世界と構成する物自体は同じようだ。
「空港」「帽子」「東京」「江東区」、それぞれ実際にあるものだし、それぞれに附随したイメージや実感もある。
読者である私は、歌の世界の主体の思考の流れに身をまかせて、別の世界を浮遊していく。
私は、常識や他人が共感するかどうかを自分の感じる感覚に自然と溶け込ませてしまう。
しかし、この歌集の主体は、自分の感覚をまっすぐ受け止め、表現している。
恋の悩みをたこ焼き屋の手さばきを見ながら自覚したり、凄く怒っているときに透きとおる感覚を持ったりすることは、独特なものだが、歌の表現のまっすぐさに説得力があって、いつのまにか主体の思考の世界に連れて行ってもらっている。
自分の感覚と異なる世界を浮遊するのは楽しいが、刺激が強く、ふと疲れてしまうのだが、この歌集では、置いてきぼりにならないような理解できる歌もたびたび登場する。
1首目、おつりの冷たさを起点にして、日常に疲れた店員のイメージが浮かぶ。
2首目、商店はつぶれてしまって、その跡地に自販機がある。その時の流れから、自分の恋愛の記憶が蘇る。
3首目、龍は中華料理のモチーフとしてよく使われるもの。世界中の人々から愛されるラーメンに帯同した龍に優しく主体は語りかける。
両親に対する大きな愛を感じる歌も、主体のまっすぐな感性がのびやかに現れる。
子は親から生まれ、親は子に愛情を注ぐことが一般的。
そのことの裏返しとして、子が親に同等な愛情を注ごうとして、親を自らの子にしてしまおうとしている。
そして、主体は愛ゆえに父母を導いていく。
論理的帰結がはっきりとした文章ばかりあふれる世界で、私の思考もそのようでなければならないと囚われてしまっている。
しかし、本来、人間の思考はもっと自由で、そういった思考が確かに発生しているはずなのだが、表現の際になきものにしてしまう。
ただ感じてる人になったり、百億円を感じたり、桃が夜から一番遠いと考えることに、人間らしさ=思考の自由さがあふれている。
この一首の存在は前から知っていたが、歌集を通じて読んでこの歌にたどり着いたとき、大きな感動に襲われた。
一首の強度はもちろんあるが、主体の思考を長らく漂ったことで、この一首が生まれるべくして生まれたことがよくわかる。
生活と自由な思考がまぜこぜになった世界。
『たんぽるぽる』を読んだことで、私の世界も拡張された。
次回予告
「短歌五十音」では、初夏みどりさん、桜庭紀子さんに代わってかきもち もちりさん、ぽっぷこーんじぇるさん、中森温泉の5人のメンバーが週替りで、五十音順に一人の歌人、一冊の歌集を紹介しています。
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本稿が、みなさまと歌人の出会いの場になれば嬉しいです。
次回は初夏みどりさんが吉川宏志さんの『吉川宏志集』を紹介します。
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短歌五十音メンバー
初夏みどり
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桜庭紀子
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かきもち もちり
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ぽっぷこーんじぇる
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