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塔2024年10月号気になった歌10首④

豚肉に薄くほどこす下味のようなものかもしれず加齢は/朝野陽々

塔2024年10月号作品2

下味は、食材にあらかじめ味をつけることで、食材に味がしみこみやすくなったり、旨味ややわらかさを生み出したりする効果のあるもの。一般にネガティブなこととして語られがちな加齢をポジティブなものとしてとらえている。「薄くほどこす」に謙虚さがあり、盲目的に年長者を敬わせる儒教的価値観とも、過剰に加齢を自虐的にとらえる態度とも、一線を画したフラットな感覚がシャープ。

長靴のゴム軋みつつ鳴る音のしちぐわつはちぐわつ追いつめてゆく/toron*

塔2024年10月号作品2

ゴム長靴の鳴る音を「しちぐわつはちぐわつ」と表現しているところに、独創的な表現と妙な実感がある。少し大きめの長靴がぐにゃりと曲がりながら音を立てているよう。結句の主語は、長靴だろうか。ぐにゃりとした7月(しちぐわつ)・8月(はちぐわつ)の音が、時間の経過により、逃げ場のないところに誰か(主体だろうか)を追い込んでいく。

怒りとは体じゅうから込み上げる豪雨の森へ走り去る犬/中森舞

塔2024年10月号作品2

2句・3句が「豪雨」にかかると読んだ。怒りのあまり身体から豪雨が生み出されるという感覚の鋭さ。「怒り」とは、「その森へ走り去っていく犬」であるという描写から、感情が制御できなくなっているようなイメージが浮かんだ。

大ざるにほぐすレタスのやわらかさこだわりもたぬ夫の育てし/渡部ハル

塔2024年10月号作品2

こだわりをもたない夫の育てたレタスが柔らかいという景が詠まれているのは、その柔らかさに驚きや感動があったからだろう。ポジティブな結果を生み出すには、なんらかの努力やこだわりが必要とされるのが一般的だが、そういったセオリー通りにいかないのも世の常。主体はこだわりを持ってしまうタイプで、飄々とやわらかいレタスを育ててしまう夫にちょっとした嫉妬があるようにも読める。

取り込んだ洗濯物を抱えれば今日の晴れからもらうぬくもり/黒澤沙都子

塔2024年10月号作品2

ほがらかで気持ちのいい歌。晴天から直接ぬくもりを受けるのではなく、お日様の光を凝縮させた乾いた洗濯物を通じてぬくもりを感じていることに豊かな生活の情感がある。無駄のない31音が軽やか。結句の仮名にひらかれた「ぬくもり」に柔らかい暖かさがある。

透明なクリアファイルはプリントをはさんだとたんに透明じゃない/西村鴻一

塔2024年10月号作品2

一見ただごと歌のような雰囲気があるが、「とたんに」の詰まりながら放られた緊張感に、主体にとっての発見があったよう。クリアファイルの本質は、紙を書類を整理することや折り曲げや水濡れから保護することである。しかし初句でクリアファイルを形容する言葉は「透明な」であり、結句の発見も「透明じゃない」ことであるところが、クリアファイルの本質に透明さが含まれていないにもかかわらず、「透明さ」に心を奪われてしまう人間のバグをあらわにしている。

貝殻を耳にあてたるごと妻は友となにやら電話しており/杜崎ひらく

塔2024年10月号作品2

上の句の「貝殻」「あてたる」「ごと」という硬質な言葉に対して、下の句の「なにやら」「しており」という柔らかい言葉があることで、妙な不穏さが歌全体に漂う。貝殻を耳に当てる行為は、波の音が聞こえるとされるもの。その音は周りには聞こえないものであるが、主体の視線に気になっているそわそわ感がある。

かわいいねえかわいいねえと鳥をみるわたしたち曾祖母の目をして/吉村のぞみ

塔2024年10月号作品2

曾祖母の的確さ。「わたしたち」は、女性だけでなく、男性も含まれうる。鳥を愛でる人間は、みな曾祖母の目になるのだ。祖母では足りない。曾祖母だ。きっと80歳以上だ。

トイレットペーパー12ロールを購ひてその果てしなき距離を持ち帰る/浅野馨

塔2024年10月号作品2

「距離を持ち帰る」という把握の妙。わが家にあるトイレットペーパーを見たら、1ロール30mだった。12ロールとなれば、360m。だいたい陸上トラック1周分を抱えていると思うと、いかにも果てしない。

イケメンがリズム楽しく唄えどもミスタードーナツ小さくなった/小川玲

塔2024年10月号作品2

結句の言い切りのジャーナリズム。イケメンと楽しいリズムの唄によるイメージ操作に騙されないぞという主体の意気込みを感じる。カタカナが多いことで、歌全体のリズムが弾んでいる。

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