塔2024年5月号気になった歌10首⑨
印象的な出だし。「ねむたい色」は、字義的には組み合わない言葉だが、なんとなくわかる。ぼんやりとしたはっきりしない白色が浮かび、妙な憂鬱さを感じた。韻律も独特だが、初句7音「雪はねむたい」とすると、「7・5・8・7」と定型に近い。
初句「しよう」が大胆。並べられた3つのことが並列になっていて、「ディズニーのカチューシャ」というライトで共感性の高いものから、「オープンカー」に飛躍して、「怒り続けて許さないこと」につながる構成で、最後にずしんと心に来る。怒ることを続けるのは難しい。しかし、正当な怒り・許さない気持ちが、自分を、世の中を変える原動力となる。
地下鉄に乗るために地下に降りていく感覚に、自分が生まれてきたときにこの世界に降りてきた感覚が重なっている。生命の誕生という神秘的な場面と地下鉄に乗るという生活感あふれる場面の対比が印象的。
いい歌。庶民的で活気のある商店街の雰囲気に、さわやかな朝の光がトマトに宿ってトマトが輝いている様子が浮かぶ。生活の場面の切り取り方が巧く、気持ちがポジティブになる。
「たそがれ」は、夕暮れ。「ひかりのいろにとけてゆく」のは、「たそがれ」で、昼間の光が夜に向かって消えていくような感じだろうか。「から」で因果関係を明示し、つながった先にある「無数のつぶのわたしのひかり」というから、主体自身が夜に向けて消失していくような幻想的な感覚が浮かんだ。「無数」以外がひらがなで表記されていることも印象的。
先のことはわからず、私たちは常に不確かな未来予測の中で生きていくしかない。空に身を投げて、空から未来を見透すような感覚は解放的だが、一方で結句の疑問形から、そのようなことはできないことはわかっている主体の心も透けてくる。
「エンターテイメント」と題された五首の冒頭の一首。「お見合いの話、結婚相談所の話、嘘の電話番号を教えられた話」など強いエピソードベースの歌が続くが、地の文のようなこの一首からはじまることでもたれない読後感があって巧い。
「癌を殺す」ことは、癌がなくなることなのでいいことだが、患者の気持ちを動揺させないために慎重な言葉遣いをしている。医師という仕事の大変さを医療行為そのもの以外の場面で知ることができた。
空白部分は、五字空け。「子離れ」の場面であり、空白には心の穴があるよう。言葉がないことで言葉が想像される。巣立つのは子であるが、「親」という役割から主体自身が卒業していく複雑な心情が特定されないことで深くなる。
抱いている赤ちゃんを「あーあー」と表現しているところがおもしろい。「オナカガスイタ」というカタカナ表記も、赤ちゃんの未成熟な思考のようでおもしろみがある。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?