
塔2024年10月号気になった歌10首②
乾燥花専用といふまるきうつはさびしき語感のまま置かれあり/近藤由宇
「さびしき語感」という率直な表現が、「乾燥花専用」という言葉の印象を強くする。乾燥花そのものが乾いているだけでなく、カ行サ行の多い言葉に確かな寂しさがある。一首全体を包む静謐な雰囲気も内容と合っている。
県外車二台ならびて何ほどの祈りを捧ぐ東京の昼/音羽凜
西新井大師に参拝をした一連。車のナンバーで遠方から参拝していることがわかる。遠方にある寺院にわざわざ通っていることに何か重い祈りがあるのではと勘ぐっている主体の発想に、そうしたことを考えることも含めて旅情がある。
楽天のジェット風船放たれて虹色珊瑚の抱卵みたい/竹垣なほ志
楽天のジェット風船は、プロ野球チームの楽天イーグルスの試合で観客席で飛ばされるジェット風船だろうか。たくさんの人の手から放たれて飛んでいく様子を「虹色珊瑚の抱卵」に例えることの鮮やかさに惹かれた。
友でなく御夫君の名の葉書来て夏至を過ぎれば日は早くなる/といじま
友人がその友人の名前ではなく、夫の名、もしくは夫の姓で手紙を寄こしてきた景が浮かんだ。「御夫君」といううやうやしい言い方に、そのことへの主体の複雑な感情が透ける。下の句は、一般的な自然現象でありながら、人生の後半にさしかかることを意味するようにも読める。
空を見上げれば電線伸びており誰かの夜を照らすのだろう/ドクダミ
遠くまでつながっていく電線。主体は、その電線の先を想像する。一方、今、自分は照らされていない状況の裏返しの情景にも読める。結句の推定表現には、どことなくあきらめているようなニュアンスも感じる。
やまあひに田を拓きにし先人の末裔ならむ大吟醸つぐ/中野功一
大吟醸という日本酒が、開墾して田んぼをつくった先人の末裔であるという発想がユニーク。結句の「つぐ」は、日本酒を注ぐ場面だが、語感からは、「(先祖から代々農地や酒造技術を)継ぐ」というイメージも湧く。
深煎りのコーヒーを飲むざくざくとビスコッティをください口に/永野千尋
語順のおもしろさ。コーヒーを飲む→ビスコッティがほしい→口に(ほしい)という整理されていない語順が、主体の思考順に沿っているようで印象的。「深煎りの」「ざくざくと」という形容により、情景が明確になるのも巧い。
山頂のごとく向かうのしあはせを眺めてしばし眩暈がつづく/宮下一志
一連は、いずれも組織の中での仕事の苦労を強く感じるもの。「向かうのしあはせ」という突き放した言い方に、主体自身の非幸福感が強くにじむ。眺めることで眩暈が続くという論理的な帰結がかえって絶望的。
麦畑の麦ゆらす風わたしたち女神でゐたら神にはなれない/森山緋紗
一般的に男性の神は「男神」と言わないが、女性の神は「女神」と言う。「女神」として崇められていても、その根底にあるジェンダーの潜在意識はフェアではない。「麦畑の麦ゆらす風」には、自然の静かな風景の中に、どこか強さも感じた。
われと子の一生がいまは重なりて奥秩父連山の夕焼け/松本志李
奥秩父連山は、埼玉・長野・山梨など、複数の県をまたいで連なる山々。主体と子が奥秩父連山に沈む夕焼けを見ている光景が浮かぶ。「一生がいまは重なりて」にいずれ成長して子がいなくなってしまうことが示唆されて、夕焼けという時間の変化の場面とシンクロして、寂寥感がある。