飼い犬に目を踏まれる(東京都在住30代男性歌人の場合#9)
「飼い犬に手を噛まれる」という言葉は、部下や後輩などよく面倒を見たり、かわいがったりしていた者から、思いがけない攻撃を受けたり、裏切られることの例えである。
権謀術数入り乱れるサラリーマン社会にいると、役員とか幹部が交代する人事情報を見て、「え、あの人、あの役員に飼われてたんじゃないの?こわ。」というように使っている。
しかしながら、私自身は、残念ながら、そういうマッチョなサラリーマン文化に馴染めず、下働きの繰り返しみたいな仕事ばかりで出世とも無縁な部署にいるので、特に誰からも飼われることも、ましてや飼うこともなく、生きている。
数ヶ月前に動物病院で飼い犬に手を噛まれた。
ワクチン注射をするときに、犬の体を押さえていて、注射を打ったときは力を入れていたのだが、打ち終わって少し力が緩んだ瞬間に、犬は、「わん!」と吠えながら、私の右手の親指の爪の付け根を噛んだ。
あまりの痛さに「いた!」と叫んで手を離してしまったのだが、犬はこっちを見て、上目遣いで「なに?」とおすまししている。
親指からは血が出てきて、獣医さんに傷の手当てをしてもらうという、得がたい経験をしたのだが、飼い犬に手を噛まれるとマジで痛かったので、今後も誰も飼わずに生きていくことに決めた。
こないだも、休日の昼過ぎに窓を開けて気持ちいいそよ風が吹く中で、寝室で横になって鬼越トマホークの喧嘩チャンネルを見ていたら、飼っている犬が窓に向かって吠えだした。
近所迷惑になるので、警官になって取り押さえて一緒に横になったら、暴れだして、後ろ足で思いっきり、左目を蹴飛ばされた。
めちゃくちゃ痛い。
痛くて目が開けないのだが、保護するための反射なのか、涙がとめどなく出てくる。
数分経っても痛みが収まらないので、保冷剤をタオルでくるんで冷やす。
まだ収まらず、頭痛もしてきた。
念のため体温を測ったら、37.3度ある。
あれだ、これは打撲だ。
目を冷やし続けながら、発熱は厄介だと思っていた。
職場が相変わらず非科学的ルールでコロナ対応を行っており、体調がちょっとでも崩れたら、PCR検査の強要と周りの人が全員テレワークになり、さらに陽性になれば、いまだに2週間分の行動履歴を取っていて、終業後にアイドルのリリイベに行っていたことの強制カミングアウトをさせられてしまう。
面倒だなあと思いながら、何度も熱を図るが37.0度付近で動かない。
気を紛らわせようとアイドルのライブの生配信を見ていたら、解散発表が急にされて、余計に頭痛がひどくなる。
目を開けていると痛いけど、つぶっても痛い。
こういう地獄があるかもしれない。
寝よう。寝るしかないのだ。
睡眠薬を飲んだが、全然寝れない。
涙が止まらない。
うなされながら、タオルに巻いた保冷剤を押し当て、眠気を召喚し続けた。
翌朝、熱は下がって、何事もなかったように出勤した。
人からは飼われてなくても、会社には飼われていたようで。
噛まない犬の人生はつらい。