ゲップで窒息した(東京都在住30代男性歌人の場合#1)
こないだゲップで窒息した。
その日はひどく疲れていて、落ち込んでいた。
もともとテレワークの予定の日だったが、濃厚接触者の濃厚接触者となった職場の人が念のため休むことになり、急遽出勤しなければならなくなった。
運悪く取引先からの苦情電話を受け、苦手なタイプの別部署の人が2人訪ねてきて、ろくでもない日だったのだが、それ自体は落ち込みの理由ではない。
落ち込んでいたのは、その日の夜、残業していた若者に「ごめんちょっと愚痴っていい」と言って愚痴を言ってしまったことだ。
そう言われると、若者は断れないし、たちが悪いのは、断れなさそうな若者を無意識に選んでいたことだった。
「いやあ、出勤していただいて本当に助かりましたよ」とおべっかまで言わせてしまい、5分ほどで愚かさに気付き、話を切り上げたが、後の祭りで、撲滅デモがいつ官邸前で起きてもおかしくない残業中話しかけおじさんになっていたことを本当に恥じた。
そんな日はガールズバーに行くのがいい。
落ち込んだ気持ちに最も寄り添うのは、ドラマでも音楽でもお笑いでもなく、ガールズバーで聞く女の子の身の上話だ。
奨学金の話がちょうどいい。
「いやあ、本当大変だねえ。俺も去年返し終わったんだけどさあ、」とちょうどよく自分の話もできて、指名料とドリンクバックで少し時給を上げてもらって、役に立っているような気にさせてくれる。
しかし、このご時世にガールズバーに行くことはできない。
晩ご飯を買うために訪れた家の近くのコンビニでもずっと憂鬱で何も買えず、ふらふら少し歩いてスーパーに行って、半額の唐揚げを1,000円分買い込んだ。
選んでいる時点で胸やけがしていた。
ただ、食べないと気がすまない。
何かで満たされないと、明日も職場で若者の時間を奪ってしまいそうだった。
憂鬱になりながら会計をして、家に向かって歩いていた。
なんなんだろうな、この人生、とか思っていた。
そして、唐揚げのことを考えていた。
半額の唐揚げは、もたれるタイプの油がしたたっていた。
ぐっとこみ上げるものがあって、ゲップが、出なかった。
ゲップが喉の一番上の空洞で急に止まって、息ができなくなった。
顔に血が上っていく。
額が熱くなってきて、あ、死ぬ、という感覚に支配されて、路上でおぼれていた。
死ねばなにか難しい病名を付けてもらえるだろうが、実際の死因は、唐揚げ想像ゲップ窒息である。
「故人は、真冬の路上で、唐揚げのことを想像して、ゲップをしようとしたら、ゲップを出せなくて、窒息して、死にました」と経緯を説明する葬式の動画がツイッターでバズるに違いない。
一生懸命ゲップを出そうとするが出ない。
力めば力むほど苦しくなる。
あ、死ぬ、と倒れかけた瞬間、力が抜けると、ゲップが出て、一命をとりとめた。
やっぱり東京にはガールズバーが必要だと思う。