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塔2025年1月号気になった歌10首②

踏切のさびれたほうに住んでいるそういうことを誇るふたりだ/藤田エイミ

塔2025年1月号作品2

小説の一節のような角ばった文体が魅力的。「さびれた」「住んでいる」「そういう」のサ行の頭韻や、距離が離れながら「踏切」「誇る」「二人」のハ行の頭韻がそろっていることで、韻文としてのおもしろさも兼ね備える。

魚らの弔いをすることはなく飲食フロアは今日もあかるい/音羽凜

塔2025年1月号作品2

いくつもの店が立ち並び、多くの人々が行き交うフードコートが浮かんだ。フードコートの明かりは、過剰に明るい。「魚らの弔い」が浮かぶのは、海鮮丼のお店があるからだろうか。「今日」という強調に、丁寧さを欠きながらも、日々を重ねていく生活空間の普遍性がある。

来庁者に怒鳴られることなくなりて銃後のような部署と思いぬ/松本志李

塔2025年1月号作品2

「銃後」は、戦時下において、直接戦闘に従事しないものの、工場勤務などにより間接的に戦争に関わる(関わらざるを得ない)シチュエーションを指すもの。来庁者から直接暴言を吐かれるようなことがなくなっても、暴言そのものがなくなっていない中、いつ前線にまた送られるかもわからない憂鬱さ。

蜜状の睡りと粗い砂状の睡りとがある 水ばかり飲む/帷子つらね

塔2025年1月号作品2

ねむり」について、「蜜状」「粗い砂状」という把握がユニークだが、実感がある。どちらがいいというものではなく、「蜜状の睡り」は、濃く、壮大な夢の世界にどっぷりと浸かっているよう。一方、「粗い砂状の睡り」は、スカスカだが、カラッとした爽快な寝覚めを迎えてもいそう。水は、プレーンで自然なものの象徴。そればかり飲むのは、自分の身体に無駄なものを入れずに、身体のナチュラルな動きや変化に向き合っているようである。

方舟にオリーブ戦ぐひとだけがなぜしにたいと思うのだろう/鈴木精良

塔2025年1月号作品2

ノアの方舟の物語において、洪水が鎮まったことを知らせたのは、オリーブの若葉をくわえた鳩。この逸話から、鳩やオリーブは、平和の象徴にもされている。一方、平和は、絶妙なバランスで成り立つもので、強い言葉や主張によって攻撃されたとき、優しい心を持った人は容易く傷ついてしまう。仮名で開かれた「しにたい」という表記は優しく、重い。

色づいた山はそれでも黙っていて   あれは墓場まで持っていく/君村類

塔2025年1月号作品2

3字空けの沈黙。5/7/6/(3)6/7という変則的な音数だが、間延びした感じがないのは、句またがりの結句が7音でしまっているからだろう。何も言わずに季節ごとに姿を変えながら時間が経過する山の雄大さを引き合いに、墓場まで持っていく秘密を持つ主体の覚悟に抒情がある。

秋の風何言ってもハラスメント女の子にはただただ黙る/小西白今日

塔2025年1月号作品2

女性の気持ちが移り気であるということわざ「女心と秋の空」なんて不適切極まりない時代。冷たさを孕んで吹いている秋風に、どこか寂しさを感じられる。一方、「男の子」にもただただ黙った方がいいこともあるし、そもそも「男の子」とか「女の子」なんて思っても口に出してはいけない。そのことに息苦しさを感じるならば、同じ息苦しさを立場の弱い若い世代が感じていたことにも思いを馳せなければならない。

そういえば、で始まる話だいたいはくだらないから面白くなる/瀬崎薄明

塔2025年1月号作品2

「そういえば」は、ふと思いついたことを伝えるときに使われる言葉、とされているが、実際には、もともと話したいことがあった人がやや不自然に話したい話題に移すときにも使われる。「くだらないから面白い」というのは、会話の本質。不自然さに人間臭さが溢れ出す。

飛行機と同じくらゐの大きさで鳶が高くたかく輪をく/俵山友里

塔2025年1月号作品2

壮大な景。「高くたかく」のリフレインが気持ちよく、鳶が大きな輪を描きながら飛んでいる姿が印象的に浮かんでくる。「飛行機と同じくらゐ」は、地上の人間の目で見れば、必ずしも誇張でもない。ゆったりとした歌で、清々しい。

きみもひとを待つてゐるのかぐらぐらと上下に揺れてゐるアキアカネ/宮下一志

塔2025年1月号作品2

アキアカネは、いわゆる赤トンボ。上下にぐらぐらと動いてその場にとどまるトンボの姿に、主体の思いを重ねている。6音の初句や句またがりの下の句の韻律と「ぐらぐら」という言葉が印象的に重なっている。

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