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【インタビュー】坊主バンドのZennenと1stアルバム表題曲「新☆般若心経」を読み解く

取材・構成・テキスト/コール智子 写真/谷川慶典

メンバーが現役のリアル僧侶という「坊主バンド」が2024年11月、1stアルバム『新☆般若心経(しん☆はんにゃしんぎょう)』をMIDI Creativeからリリースした。さらに同年12月には、カラオケ(対応機種:JOYSOUND)でアルバム収録曲から「新☆般若心経」と「GEDATSU」が本人映像で配信スタート。煩悩を揺さぶる曲とMVで新たなファンを続々生み出している。

坊主バンド「新☆般若心経」

坊主バンド「GEDATSU」

坊主バンドは2010年に結成。現在は、浄土真宗本願寺派の僧侶である色即 "Zennen" 是空男(しきそく・ぜんねん・ぜくうお)、そして曹洞宗の僧侶である彼岸田盆(ひがんだ・ぼん)の2人のメンバーを中心に、都内でライブ活動を展開している。チケットは毎回即ソールドアウトになるほどのすさまじい人気だ。

1st アルバム『新☆般若心経』には、表題曲の「新☆般若心経」をはじめ「GEDATSU」「踊り念仏」「坊主の一週間」「スーパー禅問答」「嫁さんクリスチャン」など、坊主バンドのライブ活動歴15年を総括する珠玉の11曲を収録。仏教の教義から、日本の仏教あるある、そして、お坊さんのリアルな日常まで「坊主の世界」が、時にコミカルに、時に辛辣に、そして時に哲学的な筆致で描き出されている。

1stアルバム発売とカラオケ配信を記念して、坊主バンドのメンバーが運営する東京・四谷の「坊主バー(VOWZBAR)」に、バンドのリーダーであるZennenを訪ねた。ボブ・ディランや高田渡など、反逆精神とアイロニーにあふれたフォークが好きだというZennen。人生、仏教、音楽に対する彼の熱い思いを織り交ぜながら、「新☆般若心経」の曲に込められた鋭くも温かいメッセージを本人解説のもと、じっくりと紐解いてみた。

夜ごと「坊主バー」のカウンターに立つZennen

「埋め込まれてきた固定観念すべてを疑い、すべてを壊せ。そのあとに新しい世界が見えてくる」

――2000年に坊主バーをオープンし、2010年に坊主バンドの活動をスタート。当初は各方面から厳しいお叱りを受けたそうですね。

「宗教関係者の間ではFacebookで悪口が飛び交い、熱い盛り上がりを見せていたようです(笑)。テレビに出るたびに抗議の電話がお店にじゃんじゃんかかってきまして。『坊さんが酒出すとは言語道断だ!』って。中には、お店に怒鳴りこんでくる方もおられました。でも、浄土真宗は別にお酒を禁じているわけじゃないんですよ。浄土真宗の開祖である親鸞聖人(1173~1263年)は『酒はこれ忘憂の名あり』とおしゃってますし、浄土真宗の中興の祖である蓮如上人(1415~1499年)の時代には、お酒を飲みながら仏教のお話をしてたんですから」

――えっ、酒飲んで説法?

「そうです。お酒を飲んで腹の内を語り、仏教の話を聞いた。我々が坊主バーでやってることは、いわば、その現代版なんですよ」

東京・四谷にある「坊主バー」。
客の8割は外国人だという
坊主バーのメニュー。
「極楽浄土」「愛欲地獄」などのドリンクが並ぶ
客の一字写経で埋め尽くされた坊主バーの天井
『新☆般若心経』付録のオリジナル御朱印帳。
坊主バーでの記帳も行っている

――Zennenさんは、幼少期から浄土真宗の仏教的な環境の中で育ってこられたそうですね。

「はい。生後すぐに母が出家し、熱心な信者である祖母に引き取られて、おばあちゃん説法で育ちました。幼い頃から、朝夕お経を読まないとご飯を食べさせてもらえないような生活でして(笑)。絵本も『親鸞さま』『お釈迦さま』『地獄』『極楽』とか、そんなのばかり」

――ある意味、英才教育ですね。

「母が本山から戻ってきた後は、母が運営する浄土真宗の道場のような場所で毎日のようにお経を聞いて育ちました。そんな環境ですから、もう体にお経が染みついてしまって」

――その後、高校の部活でボクシングに出会い、スポーツ推薦で仏教系(曹洞宗)の駒澤大学に入学された。仏教とボクシングって一見ミスマッチですが。

「武士道と禅、と考えれば、かなり共通点はありますよ。禅の丹田呼吸や心身の鍛錬がそうですね。それに、プロボクシングの世界になると、精神をどこに置くかで勝負が見えてくるんです」

――学生時代は精神世界や宗教を探求し、一時はキリスト教に心ひかれたこともあったとか。今は亡きマザー・テレサともお会いになったそうですね。

「マザー・テレサのもとで働くんだ、と心に決めて、はるばるインドのカルカッタにある『死を待つ人々の家』を訪ねました。当時マザー・テレサは、まだご健在で。ミサのときに車椅子で出てきてくださったんです」

――いかがでしたか?

「それが……行った瞬間に『自分のいる場所はここではない』と確信したんです」

――えっ、それはなぜ?

「僕も驚きました。あれほど憧れていた場所なのに、なぜ、と。その時は、それが何なのか自分でもわからず、日本に帰国した後もずっとモヤモヤしていたんですが、ある日ボクシングの練習場の近くにある浄土真宗のお寺の伝道掲示板で、親鸞の言葉に出会って。『ああ、これだ!』と」

――どんな言葉だったんですか?

「『罪悪深重(ざいあくじんじゅう)の凡夫(ぼんぷ)』――これは親鸞が、ご自分のことを表現された言葉です。『自分は罪と業(ごう)が深い、救われ難い人間だ』ということを親鸞は悟っておられたんですね」

――それは、確かに突き刺さる言葉ですね。

「私にとってキリスト教は、清らかになって救われていく、というイメージ。心を清浄にしようと煩悩をコントロールする努力をしていました。でも、やっぱり無理だった。お前の中には本当はもっとドロドロしたものがあるだろう、本当はもっとやりたいことがあるだろう、って声がずっと響いていたんですね」

――マザー・テレサは、あまりにも素晴らしすぎた。

「マザー・テレサ、あの方は本当の聖人です。身も心もすべてを捧げておられる。私のような凡人とは違う。とても真似はできない。だから、親鸞の告白に出会った瞬間、ああ、こんな駄目な私でも救われるのか、と強く心を打たれたんです」

――それが表題曲「新☆般若心経」の冒頭の語りに繋がるんですね。

嘘つきが本当の世界をいきていりゃあ
ペテンこそが 真のジェントルマンだろ
色に酔いどれた対価に空しさがつきしたがうのは
まだおまえが 詐欺師になりきれてないからだ

大嘘つきこそ 人間の素顔なら
善人ヅラしたおまえこそ
閻魔の前でさばかれていくのだ

「新☆般若心経」
「新☆般若心経」MVのワンシーン

「そうそう、この冒頭の部分は、親鸞の『歎異抄』に記された『悪人正機説』をベースにしています」

――「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや(善人でさえ救われるのだから、悪人が救われないわけがない)」という言葉が有名ですね。

「自分も詐欺師、みんなも詐欺師。しかし詐欺師を極めればジェントルマンになる。すると、今度はジェントルマンが詐欺師だということになる。既存の価値観があやふやになり、転換していく感覚です」

――まあ、「あの人は良い人だ」とか「悪い人だ」とか言うけれど、私からはそう見えた、というだけで、その人の家族とか飼ってるインコとかから見たら、また違うかもしれないですよね。良いところもあれば悪いところもあって、状況や場面によっても変わるかもしれない。そもそも、良いとか悪いとか言ってる私自身はどうなのか? 本当は、この私こそが大嘘つきの悪人ではないのか? と。そんな感じでしょうか。

「そうですね。ここで言いたいのは、良いとか悪いとか、きれいとかきたないとか、仕事とかお金とか名声とか、株価が上がったとか下がったとか(笑)、私はこういう人間だ、これは私のものだ、これはこうすべきだとか、そういう今まで埋め込まれてきた固定観念や思い込みをすべて疑え、すべて壊せ。そうすれば違う世界が見えてくる、ということなんです」

――すべて疑え、すべて壊せ。すごくアグレッシブで、パンクで、まるで言葉のボクシングのようですね。

「仏様から照らされた世界では”善”も”悪”も無いんですよ」

――私たちの価値判断を超えている、ということ?

「そう。仏様にとっては、みんな愛おしい存在なんです」

――全否定からの全肯定ですね!

「そのような『善悪不二(ぜんあくふに)』の世界に行くことを『悟り』、そして悟った人のことを仏と言います。まあ、わかりやすく言えば『俯瞰して見る』ということでしょうか」

――誰もが仏になれる、というところが仏教の魅力ですね。仏は悩める人間と地続きだと。仏教の教えって宗教というよりは、人生哲学に近いのかもしれませんね。

――仏教のお坊さんには有名な人がたくさんいますが、Zennenさんにとってナンバーワンは、やはり親鸞?

「そうですね。ナンバーワンというか、根本ですね。あとは一休宗純とか、蓮如とか、良寛とか……あ、空也もいいですね。ちょっと反逆児っぽい人が好きなんです」

――親鸞って反逆児なんですか?

「親鸞は、権力と結びついて腐敗しきっていた比叡山(天台宗の総本山)を降り、浄土真宗を作った人です。もっと純粋に道を求めようとしたんですね。坊さんって意外とパンクな人、多いんですよ」

レコ発記念グッズ。ギターを抱いたロックな空也

「般若心経は、お釈迦様からのラブソング」

――「新☆般若心経」の歌詞はZennenさんが書かれたんですね。

「はい。30分ぐらいで一気に書き上げました。般若心経をベースにした僕の”超訳”です」

――そもそも、お坊さんの説法も、ある種の”超訳”ですよね。

「その通りです。譬喩因縁談(ひゆいんねんだん)と言いまして、日常生活の話をしながら仏教の教えを落とし込んでいく。そこが面白いところなんです。もちろん、仏教の本質本意は守らなければなりませんが」

――Zennen流、般若心経の解釈とは?

「般若心経の中心にあるのは『空(くう)』の思想です。これをキリスト教に置き換えたら『愛』じゃないかな、って思ったんです。般若心経は『お釈迦様からのラブソング』なんだ、って。そんな私のめちゃくちゃな解釈から、この『新☆般若心経』という曲が生まれました」

――ええと、すみません、「空」って何ですか?

「『空』とは、移り変わるものに対してそれが本当に『ある』と言い切れるのか、というような概念です。我々が『ある』と思ってることは『仮にそのようなものがある』ということであって、確かな個としての実体があるわけではない。ただ他のものと関係し合う中で生まれる『現象』のようなものだと。言ってみれば『仮の世界』なんです。我々の体も、私がここにいるというのは事実なんですが、それは常に”変化”しているものだから”永遠”ではない」

――まあ確かに、一秒ごとに私たちの肉体は死に向かっているわけで。100年前に私はいなかったし、100年後に私はいない。はっきりと目には見えないけど、私たち自身の体も心も刻々と変化し続けている。

「その通り。だから『永遠の愛を誓います』と言うけど、人の心はもちろん、人間存在も永遠ではない。すべては移り変わっていく。だから永遠の愛など誓えない。誓ったとたん、それは嘘になってしまうんです」

――「お釈迦様からのラブソング」に込められたメッセージを一言で言うと?

「囚(とら)われちゃいけないよ、ということです。すべての苦しみは『変わらない』ことへの執着から生まれているのです。この世界に変わらないものなど何もない、そのことに気付きさえすれば、苦しみから解放され、心安らかに生きていけるのです」

この世の全てがハッピーだ
ハッピー以外の他に何がある
死こそ最大なるハッピーである
死ねる命を授かったなら
あとは笑っていきぬきてえ
全ては仕組まれた茶番劇だから
演じつかれたならば
誰かを愛しなよ

「新☆般若心経」

――「死こそ最大なるハッピーだ」って、ギョッとするような言葉が出てきますね。

「死ぬこと、老いること、病になること、マイナスだと思ってるものが、仏教では悟りによって大きな喜びへと”転換”していくんです。死ねるということは、実はすごい救いなんだ、ということを仏教は説いています。なぜなら生きていることは苦しみだから」

「坊主バー」にある釈迦涅槃図

――それは執着や煩悩から生まれる苦しみということですね。その苦しみから、どうすれば自由になれるのか? それが仏教の課題だと。

「まさに、その通りです。でも、だからといって死ねというわけじゃないんですよ。終わりが来るということほど幸せなことはないんです。すべてのものはいつか終わる、そのことをわかっているからこそ、今を一生懸命に、そして楽しく生きていこうよ、と」

――死から生を逆照射するんですね。

「そうです。それが『死ねる命を授かったなら あとは笑って生きぬきてえ』という力強い生のメッセージへと繋がっていくんです」

死と再生と。
坊主バーの人気アクティビティ「入棺体験」

「観音ベイビー」と「ギャーティーギャーティー」の不思議なヒーリング効果

観音ベイビー 観音ベイビー
観音ラブベイビー
観音ベイビー 観音ベイビー
観音ラブベイビー

「新☆般若心経」

――初歩的な質問ですみません。なぜ、ここで観音様が登場するんですか?

「般若心経は『観自在菩薩(かんじざいぼさつ=観音の別名)』で始まる観音さんのお経なんです。既に悟りを開いた人を仏といいますが、観音は、その前の段階。悟りを開くために修行をしている『菩薩』の一人です。その観音菩薩が深い瞑想の境地に入られて、それでこの世を見たら『あ、なーんだ、全ては空じゃないか』っていうことをわかった、それをお釈迦様に代わって説法した。そういうお経なんです」

坊主バーへと続く階段の壁に描かれた観音

――坊主バンドでのZennenさんのパートは、ギターとハーモニカ、あと琵琶と声明(しょうみょう)だそうですが、声明って何ですか?

「声明というのは、仏を称えたり、お祝いしたり、仏様と繋がっていくための歌みたいなものです」

――お経を歌にしたものということですね。お経って独特の発声法ですよね。何かコツがあるんですか?

「実は、お経の歌い方については細かくは教えてもらえないんです。聴きながら習得していくしかない。そして、お経を詠み続けていくうちに喉ができてくるんです」

――そういえば子どもの頃、祖母が『あの坊さんのお経はありがたい』とか『ありがたくない』とか言ってました。

「それは耳がすごく肥えているんですよ。不思議なもので、お経は詠み込めば詠み込むほど”坊さんぽく”なってくる。だから、毎日どれだけお経を詠み込んでいるかで”ありがたさ”が出てくるんです。あと、お経がうまい人はホーミー(喉歌)のような倍音も出ています。だから聴いてて気持ちいいんですね」

――曲の背後に一定のリズムでずっと流れている般若心経の読経が、バグパイプのドローン(持続音)みたいでかっこいいですね。すごいグルーヴを醸し出しています。

「ありがとうございます。実は僕もコレ、すごくかっこいいな、って思ってるんです」

――あと「観音ベイビー」の部分、聴いていると、めちゃくちゃ気持ちよくなりますね。

「ここ、僕も好き! 歌っている本人も、すごく気持ちいいんですよ」

「新☆般若心経」MVのワンシーン

――この不思議な気持ちよさって、さっきおっしゃった倍音もそうかもしれませんが、何か仏教音楽的なものから来てるんでしょうか?

「実は、作曲してくれた人がすごく仏教好きな人で、曲はEマイナーなんですけど、1オクターブ中の12個の音を全部使って、それで宇宙観を表現しているんです」

――曼荼羅ですね!

「そう、曼荼羅。仏の世界です。12音全部使うので、ライブで演奏するのが結構大変なんですけど(笑)」

「坊主バー」に飾られた曼荼羅
12月に行われたクリスマスLIVEのフライヤー

――「新☆般若心経」MVにはZennenさんが琵琶をかき鳴らすシーンがありますね。

「ライブでは琵琶の代わりにエレキギターを弾きますが、坊主バーでは、よく琵琶を演奏しています」

「新☆般若心経」MVのワンシーン

――琵琶って結構、激しい楽器なんですね。音も大きい。

「流派にもよりますが、私がやってる薩摩琵琶は激しいです」

――弦楽器というよりは打楽器ですね。

「まさに。大きな撥(ばち)でバチンバチンと、それこそ叩くように弾くんです。琵琶って不思議な楽器だなと、弾きながらつくづく思います。この音が、何か異界とでもいうようなものと繋がっていく。だから、『耳なし芳一』の物語も、まんざら嘘じゃないという気がします」

――琵琶はシルクロードを旅して、はるばる日本に伝わってきた楽器なんですよね。

「もともとウードという楽器だったのがシルクロードを渡って、西に伝わったものがリュートやギターになり、東に伝わったものが琵琶になったと聞いています」

――難解な経典のエッセンスを、こうして感覚的に一瞬で自分の中に取り込むことができるのが音楽のすごいところですね。

「もともと音楽は、神をたたえたり、自然の美しさへの感動表現を源流として生まれた、といわれています。現代の日本のポップミュージックも、元をたどれば、仏教の声明から来ているんです。初めに宗教的なもののための曲があって、それが時代とともにどんどん個人的なものへと変わっていったんですね」

――「新☆般若心経」は、まさに、その流れの中で渦巻いている。

「そう考えるとおもしろいですよね。日本の文化芸能の多くは仏教から生まれています。話芸も、そう。落語も、もともとは仏教の説法から生まれたんです。安楽庵策伝という説法の上手いお坊さんがいて、『落とし噺(ばなし)』を得意としていた。僕ら坊さんが説法をするときは、最後に『救い』を持ってくるんです。我々はそれを『落とし』と言いますが、オチをつける、とは、そういうこと。もともとは仏教の言葉なんです」

坊主バーでは毎晩、読経と説法が行われる

この世は音と波のおりなすものさ
言葉は必然なんかじゃない
君を愛することに言葉はいらない

この世は音と波のおりなすものさ
君を愛することに言葉はいらない

「新☆般若心経」

――「この世は音と波のおりなすものさ」とは、どういう意味ですか?

「宇宙というものは、基本的に波動から成っているといわれています。周りのものを震わせ、形を変えながら伝わっていく。音も波動の一つですね」

――つまり、「空」ってことですね。永遠不変の「実体」は無いけど、波動の一瞬の表情を私たちが見たり、感じたり、解釈したり、名づけたりしているにすぎないと。

「その通りです」

――「言葉は必然なんかじゃない 君を愛することに言葉はいらない」とは?

「極楽浄土は言葉の要らない世界だといわれています。言葉がなくても通じ合う究極の世界。まあ、長年連れ添った夫婦みたいなものですね。一方、地獄というのは逆に、言葉が通じ合わない世界なんです」

――それって、なんだか自分の生きてる世界みたいです……。

「そう、我々の世界です。たとえ同じ言語を使っていても、わかり合いたいと思っていても、わかりあえない。でも、この世は『音と波のおりなすもの』だから『言葉は必然なんかじゃない。君を愛することに言葉はいらない』。でも、でも、でも!(笑)言葉はいらない、と言いつつも『この言葉を』と続くんです」

この言葉を
「ギャーティ ギャーティ 
ハーラーギャーティ
ハラソウギャーティボウジンソワカ」

「愛してる 愛してる どんな時も
共に 歩もう そして幸せになろう」

(般若心経)

「新☆般若心経」

――しかも、その言葉って「ギャーティー ギャーティー ハーラーギャーティー」。これ、呪文ですか?

「はい。これは古代インドの言葉であるサンスクリット語の呪文を、原文のまま音写したものです」

――仏教の経典って、インドで生まれて、サンスクリット語で記されて、それが中国で漢語に訳された上で日本に入ってきたんですよね?

「そうです。ところが、この『ギャーティー……』部分は、中国でもあえて訳していない。般若心経の最も古い翻訳者とされる中国の学僧、鳩摩羅什(くまらじゅう:344~413年)も、ここは訳さない方がいい、と判断しています」

――その人、すごくセンスありますね!

「鳩摩羅什、この人は大天才です。まあ、呪文は言葉自体に霊力がありますからね」

「ここでは『般若心経』で最も有名なフレーズである『色即是空』(しきそくぜくう)と『空即是色』(くうそくぜしき)、つまり『空』と『色』を交互に入れ替えるように繰り返しているんです。説明すると、ちょっと難しいんですが……」

――「空」は「実体のないもの」という意味でしたよね。「色」って何ですか?

「『色』とは、色や形あるもの、つまり物質的な現象のことです。言葉も『色』の一つです」

――つまり、「色即是空」とは「この世のあらゆる物質的な現象は実体が無い」という意味?

「その通りです。『君を愛することに言葉はいらない』で『色即是空』の『空』に寄せるんですが、次の「君に伝えるのさこの大切なことばを」は『空即是色』の『色』、つまり物質的な現象である言葉に寄せていくんです。さらにそこから、もう一度、「君を愛することに言葉はいらない」で『色即是空』の『空』に戻す。でも、やっぱり我々の世界は、たとえ言葉が通じなくても言葉を届けないとわかり合えない世界だから『空即是色』の『色』で言葉を伝える。ところが、その言葉というのが「ギャーティーギャーティー……」の呪文というわけです」

――つまり、ここは言葉にならないんですよね。言葉を超えている。

「そう。言葉にならない」

――そして、それを最後の最後に「色即是空」の「色」に戻してダメ押しする。「愛してる 愛してる どんな時も 共に 歩もう そして幸せになろう」と。

「ここでは『ギャーティ ギャーティ―……』という、あえて訳されることのなかった呪文を僕が超訳してみたんです。『ギャーティ― ギャーティ―』は直訳すると『往ける者よ、往ける者よ』という呼びかけなんですね。『ハーラー』は『彼岸』、つまり、囚われから解放された悟りの境地という意味です。だから『ハーラーギャーティ―』は『悟りの世界に往ける者よ』。そして『ハラソウギャーティー』は『あなたは必ず一緒に往けるんだ』という意味です。最後の『ボウジンソワカ』は歓喜の叫びのようなものですね」

――カム・トゥゲザー! 一緒に往こう、と。まさに大乗仏教ならではのラブソングですね。そうか、「観音ベイビー」と「ギャーティーギャーティー」が気持ちいいのは、彼岸に往くからなんだ。

「ははは、そうかもしれませんね」

――Zennenさんとの般若心経バナシと、あと入棺体験で、私も心身ともに再生したような気がします。ありがとうございました。

「そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございました(合掌)」

【番外編】Zennenセレクトによるフォークソングの名曲

坊主バンドの1stアルバム『新☆般若心経』には、まさに音と波が形を変え広がっていくかのごとく、ハードロック、パンク、ラップ、フォーク、民謡……とさまざまなジャンルの音楽が次々と姿を現す。

Zennenは、これまでどんな曲に出会い、そこからどんな影響を受けてきたのだろうか。最後に、Zennenを作った思い出の曲3曲を本人のコメント付きで紹介したい。

ボブ・ディラン「時代は変わる」(The Times They Are a-Changin’)

「中学3年生の時に『Don't Look Back』というボブ・ディランの映画を見て、この曲を知り、そのままボブ・ディランにハマってしまいました。その日から田舎に1店舗だけあった輸入レコード屋に通い、お小遣いをすべてディランに捧げました」

吉田拓郎「今日までそして明日から」

「中学1年生の時にこの曲がテレビのCMで流れていて、誰だろうと調べて吉田拓郎さんを知り、ハマってしまいました。当時のヤンキーたちにフォークにハマっていることをいつも馬鹿にされていましたが。私のフォークへの愛はとどまることを知りませんでした」

ピーター・ポール & マリー「パフ」(Puff, the Magic Dragon)

「高校生の頃、仲良くなった女の子と土手で一緒にウォークマンで、この曲を聴いていたのをよく思い出します。あまりにも古い音楽ばかり聴かせて恋には発展しませんでした。あの日見た夕日の色は今でも鮮明に覚えていて、その夕日を思い出すと、いつもこの曲が頭の中に流れてきます。しかし、その時の女の子の顔は一向に思い出せません」

RELEASE INFORMATION

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「リアルお坊さんのバンド”坊主バンド”と申します。合掌!!」
現役僧侶たちによる音楽ユニット「坊主バンド」が、待望のデビューアルバム「新☆般若心経」をリリース!

2010年より、リーダーの色即〝zennen”是空男を中心に東京荒木町坊主バーのスタッフと共に活動を開始した坊主バンド。宗派を越えたバンドは一躍話題となり、各種メディアにて注目を浴びた。

信念を貫き真実を伝え続けていくことをメンバーで誓い合い楽曲制作を続けている彼らだが、メンバーはなかなか定着せず、リーダーのzennen以外は頻繁に入れ替わっているのが常である。まさに、諸行無常バンドであると、噂されているとかいないとか…。

今作では、般若心経を超・超訳した表題曲「新☆般若心経」や、人生はいろいろなことがあるけど最後は輪になっておどれたらいいなあという想いから作られた「輪になって」など、悲喜こもごも至極の11曲からなるバンド初のフルアルバムとなっている。

《収録曲》
1. GEDATSU
2. 新☆般若心経
3. 踊り念仏
4. 坊主の一週間
5. 縁談破談
6. 言うか言わまいか
7. 愚かものとして
8. スーパー禅問答
9. イージューショクライダー
10. 嫁さんクリスチャン
11. 輪になって

レーベル:MIDI Creative
品番:CXCA-1324
JAN:4522081001661
フォーマット:CD+御朱印帳
発売日:2024/10/16

坊主バンド
(英語表記:VOWZ BAND)
2010年、リーダーの色即〝Zennen〟是空男を中心に東京・四谷にある「坊主バー」スタッフで活動を開始。各種メディアで注目を浴び、中でもキリスト教の「牧師バンド」との対バンは英国BBCや米国CNNでも取り上げられた。その後、ライブハウスでの活動は毎回ソールドアウトとなるほどの人気を集め、イベントやテレビ番組にも出演している。
2024年11月、MIDI Creativeから1stアルバム『新☆般若心経(しん☆はんにゃしんぎょう)』をリリース。同年12月には、カラオケ(JOYSOUND)で、同アルバム収録曲の「新☆般若心経」と「GEDATSU」の配信がスタートした。

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コール 智子/Tomoko Cole
ライター。興味があるテーマは「遊子異郷客」(根無し草)。どこにも根を持たず同時に根について考える人々に惹かれる。音楽関係の取材ではトゥバ共和国のフンフルトゥ、ヤトハ、ハンガリーのムジカーシュへのインタビューが特に心に残っている。登山と茶道で自分をチューニングできるか試行中。

Instagram https://www.instagram.com/tomoko_cole_work/

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