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私道かぴ「きっと腹の中でもうるさかった(4日目)」
まだ一時間は寝られるが、おそらく気が張っており目が覚める。普段の滞在は一週間ほどで慣れるので、だとすると今回は慣れたころに離れることになるのだろうか。
外に出ると晴れ。…晴れ!!!予報はずっと雨か曇りだったので、貴重な晴れ間になりそうだ。ただ風がむちゃくちゃ強い。でかい雲がびゅんびゅん流れていく。駅の向こう側に渡っている最中、ズドンズドンと大きな音がする。…もしや、これが噂に聞いていた大砲の音か?観光客らしき高齢夫婦が不思議そうに空を見上げていた。「これ演習じゃない?」という声が聞こえてくる。地元の人は誰も気に留めている様子がない。
昨日紹介してもらった観光案内所に行く。昨日のガイドの方の名前を出したものの、忙しいのか「ああ」みたいな感じで特に会話も弾まず。樹空の森に行きたい旨伝えると、時刻表とパンフレットを一式渡してくれる。ほかにお客さんも来て無駄話できる雰囲気でなかったので、そのまま出る。うすうす気づいてはいたものの、御殿場の人はシャイなのか、あまり目が合わない。目が合わないのは都会の特徴だなと思っているので、御殿場は都会だなあと思う。
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バスまで時間があったので、昨日通りすがりに目に入ったパン屋をめざす。「こむぎ」という名前がかわいい。入ると瞬時にパンのいいにおいに全身が包まれる。カレーパンやクロワッサンを購入。バスのロータリー外のベンチに座って食べた。「油!砂糖!最高だよね!!」という作り手の強い意志を感じる。とくにクロワッサンは、今まで食べた中で最も甘く、噛むとバターがじゅわーっとして美味しかった。元気が出た。
ぼーっとバスや人の行き来を見る。アウトレット行のバスには朝から訪日外国人観光客の列ができていた。発車後に遅れてロータリーに走り込んできた人を、運転手がわざわざバスを停めて乗せてあげていた。親切。顔を上げると駅の向こうに雲に覆われた雄大な影が見えて、「あれが富士山…だよな…?」という感じ。そういえば、横浜の左近山団地に滞在していた時、天気がいいと富士山が見えた。今日も横浜から、いや全国各地から、この山を見ている人がどれくらいいるんだろうか。
バス停に行き時刻表を見て驚愕、乗ろうとしていたバスは10分前に行ってしまっていた。仕方がないので駅周辺をふらふらして時間をつぶすことに。ぽっぽ広場なるものがあって、蒸気機関車が展示されていた。「私の大きな体を見たり、触れたり、親しんでください」という看板の横に「立ち入り禁止」とあって、いやどっちやねんと思う(工事中だそう)。「音楽が流れます♪」ゾーンではまあまあな音量で歌が流れて少し恥ずかしかった。
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あの「本」の字さすがにデカすぎるのでは?と数日前から思っていた本屋に入った。入口にいきなり「ミリタリー関連本コーナー」が大展開されていて、やはり関係のお客さんが多いのかなと思う。手書きのポップがあったり、静岡関連本をきちんと扱っていたりと好感ポイントがたくさんあった。せっかくなので「たった一人の30年戦争(小野寺寛郎)」を購入。いつからお店やっているんですか、と聞くと「40年くらい前かな」とのこと。アサヒ堂、いい本屋さんだった。まだ少し時間があったので、もう一軒のひまわりBOOKSに行く。こちらはマンガなどを展開していて、郷土本はない。いわゆる普通の本屋さんだった。しかし、「令和6年防衛白書」を扱っていたり、ミリタリー関連本が普通の雑誌に混ざって平置きされていたりと、やはり御殿場ならではの特徴があった。本屋から出ると相変わらず大砲がズドンズドン鳴っていて、「軍事の町なんだなあ」と実感する。
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やっとバスに乗り、樹空の森へ。バス内の広告にも、町の掲示板にも「自衛官募集」のお知らせが出ている。到着後、お土産コーナーに自衛隊関連グッズがあって「なぜ?」という疑問でいっぱいになる。二階に上がると自衛隊紹介のコーナーがある。紹介された富士山の展示コーナーはその奥にあった。お金を払って入る。富士山の歴史を説明する映像がおもしろかった。もともと2900万年前にはツインピークだった富士山は、10万年前の噴火で形を変え始め、その後も噴火を繰り返して徐々に今のかたちになったという。御殿場市の地質は岩屑が流れたものと聞いて、「その上に立って、食べて、寝て、生活しているのか~」と不思議な気持ちになった。
しかし、映像が流れるにつれ徐々に違和感を覚え始める。
「日本人の」「日本文化の源泉」「世界に誇る日本の宝」など、やたら「日本」という言葉を使い始めたと思ったら、「神秘に満ちた母なる山」「宇宙とこの地の命をつなぐ美しい女神の化身―」と神々しい言葉選びをしてくる。背後に何かしらの意図を感じるなあ、と思いながら展示に移った。
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富士山観測所にまつわる先人たちの歴史が展示され、見ごたえがある。雲を観察し記録し続ける仕事は大変そうだ。溶岩の展示を見て、その造形に驚きつつも怖さを感じた。度々訪れている王滝村の御嶽山を思い出す。富士山は休火山だと言うが、やはりどこか恐怖がずっとある。神々しい対象としてだけ見ていたら危うい気がした。
その後、外に展示してあった陸上自衛隊のヘリの展示解説を読みすべての謎が解けた。そこにはこう記述があった。
富士山樹空の森は、「自衛隊と地域住民の交流を促進するための催しの用に供する施設」として防衛省の補助を受けて建設された施設です。
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なるほど、だから丁寧に陸上自衛隊の説明がなされるわけだ。そう考えると、隣にある「フォレストアドベンチャー御殿場」のロープ遊びも意味を帯びて見える。少し先に老夫婦が歩いているのが目に入った。花を見て歩く二人の姿は「自衛隊と地域住民の交流」を促す施設としてはとても画になるなあ…と思っていたら、どうやら男性には右手がないようだ。もしかしたら関係者なのかもしれない。ここ御殿場には退役軍人の人々も住んでいるのだろうか。そう考えると、予想以上にここ御殿場には「自衛隊の関係者」がいるのだろう。
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雨がぱらついたり、晴れ間がさしたりと目まぐるしい天気の中、歩いて「御胎内清宏園」へ行く。平日の昼下がり、ほかに誰もいないだろうと思って歩いていると、先に同世代くらいの男女が入って行くのが見えた。入園料を払うと、受付の女性が「散策ですか?」と尋ねる。散策…?と思っていると、「御胎内に入るなら、そのかばんは無理だね。あと、ヘルメットもしていったほうがいいですよ。頭あぶないからね」と言う。素直に荷物を預け、50円(安っ)でヘルメットを貸してもらった。電気がついていて、調節もできるから、と説明を受ける流れで「ここってどんな人がいらっしゃるんですか」と聞いてみた。すると「ご夫婦だね、さっきの人たちもじゃないかね」と言う。ハッとした。そうか、私は単に興味があり来たが、子宝や安産祈願で神社に参る人もいるのだ。というかそれが主流なのだ。気が引き締まる。「新しくなった綺麗な道をずーっと歩いて、左手に鳥居が見えたらそこだよ」。その言葉を頼りに歩く。道端には溶岩を用いたスポットが沢山あった。
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鳥居が見えてくる。傍らに、先の女性が絵馬を書き、男性がそれを見守っているのが目に入った。邪魔になるだろうと思い、先に園内を散策する。途中に炭焼き場があった。どうやら昔から炭焼きをしていた地域らしく、それを復活させているんだとか。木の焼けた香ばしいにおいが辺り一面に漂っていた。地面は溶岩質なのでごつごつして歩きにくい。
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そろそろかな、と思い神社に戻る。ぎっしり結ばれた絵馬にはそれぞれの切実な願いが書かれていた。「〇〇くんをパパにしてあげられますように」という言葉が印象に残る。
神社にお参りをして、いざ胎内巡りの穴の前に立つ。ぱっと見て驚いた。「いりぐちでぐち」なのだ。同じところに戻ってくるようになっている。穴の中は暗く先が見通せない。ヘルメットをかぶって、手元にあった懐中電灯をつけて足を踏み入れた。
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「父の胎内」と言われる最初のところは、正直よく覚えていない。色々なところに頭を打ち付けながら、水のたまった地面に足を取られながら、何かにせかされるように先に先に歩いた。恐怖に焦っていたのか?と思ったが、思い返せば単純なことで、かなり狭い道ゆえに体勢がきつく、自然とはやく開けた場所に行きたくて前に前に進んでいたのだった。覚えているのは下のぼこぼことした小石で、自分が胎児だとしたら、「あーこの身体の持ち主はこれ食べたんだな」とか「内臓のひだが見えたとしたらこんなだろうな」と思っただろう。
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ただ次々に現れる形の変わった道を前に、そんなにゆっくり考えている暇はなく、「うわーまじか」とか「えーこんな狭いとこ通れるのかよ」と思いながら(何なら口に出しながら)かなりのスピードで歩いていく。洞窟の中は驚くほど静かで、ぴちゃんぴちゃんと天井から水が落ちる音とか、自分の息の音だけが響いた。「母の胎内」で思い出したように写真を撮ると、カシャッというシャッター音がどこまでも反響した。どこからか声が聞こえると思い前を見ると、例の男女が狭い隙間を潜り抜けている最中だった。先に女性が通ったらしく、後ろから追いかける男性に「大丈夫、頑張って」と声をかけている。男性がくぐる際に「あー服がついたー」と言っていた。
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最後の狭い個所を抜けると、とうとう地上に出た。緑の青々とした姿にほっと胸を撫でおろす。やっと息ができる心地になった。ゆっくりと歩き出す。坂を下っていると、足ががくがくと笑う。思った以上に体力と筋力を使ったらしい。興奮もあるのだが、歩いているとだんだん眠くなってきた。これはまさに、生まれた後の赤ん坊ではないか。生まれるときから根本は何も成長していないような気がした。おそらく先ほどと同じようなことを思っていたんだろう。「うわー地面べっちゃべちゃやな」とか「えっこの狭さいける!?」とか、きっと腹の中でもうるさかったに違いない。あれよあれよと必死に出てきて、産み落とされたのがいまこうして生きている私たちなのだ。そう思うと、「みんな生まれるとき結構な経験してきたんだな…」と思った(そして閉所恐怖症の人は、きっと出産時に腹の中で何かあったのだろう)。
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「いやーこれなかったら三回くらい頭強打して大ケガしてました」と言ってヘルメットを返すと、受付の女性は「でしょー」と笑った。
炭焼き場の話をすると、「煙立ってた?」と言う。先日まで炭焼きをしていたらしく、しばらく煙が出ていたのだそうだ。「最後の方になってくるとね、綺麗なむらさき色の煙になってくるの。そうすると、段々もうじきだなって。それがなくなると…まだ出さないで、蒸す。お米と一緒ね。そうすると綺麗な炭になるみたいよ」。炭焼きは、財産区の人々が一年に何回かやっているらしい。近くのバーベキューなどで使うと言う。ところどころ木が切られていたのでそれを使ったのかと思いきや、「それはナラ枯れ」だそうだ。三年ほど前に少し休園して2000本近く切ってしまい、今年桜を植えたという。最近は木の処分に困っている人からの持ち込みもあるそうだ。道端の看板に『明治から昭和初期に当地で木炭を使った事業とは?』というなぞなそがあったので答えを聞くと、「あれはねー、答えは知らないんだよね」とまさかの返事。「あれは、やったのは御殿場市なの。だから、市に聞いたらわかるよ。私も時々聞かれるんだけどわかんなくてさあ」。そんなことあるのか!笑ってしまった。
御胎内の洞窟の見回りはだれがやっているのか聞くと、まさかの受付のその人がやると言う。一日おきに見て回るのだそうだ。洞窟内の明かりは人工センサーでつくようになっているのでそれが切れていないか、ゴミがないか、雨の濡れている様子など確認するという。「こわくないですか?」と聞くと「こわいこわい、何もないもの」という。「最初の頃は嫌だったねー。終わった後とか朝一とかに行くんだよね。もう慣れちゃったけど」。動物はいないか聞くと、「コウモリがいるよ、たまに。お客さんに『いた』って言われることもあるんだけど、『よかったじゃん会えて』って言うの。『さーっと前の方飛んで行ったでしょ、案内人だよ』って言うんだよ」。
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お礼を言って、御胎内温泉に行った。ぼーっと雲を見ながら指と足の皮膚がふやけるまでお湯につかった。雲を見ていると、観測所の展示を思い出す。観測の仕事は確かに大変そうだけど、最初の動機はきっと「雲の流れおもしろいなあー」とぼーっと見ていたことだったんじゃないか。きっとそういうことが積み重なって、人はどこかに導かれていくのだろう。
気づいていないけれど、案外と案内人はいっぱいいるのかもしれない。