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そもそもこうしてnoteをひらくこと自体が久しぶりである。8月10日の更新以降、この場所は少し夏休みをとっていた。 きちんと検査をして、マスクをして、消毒をして、新幹線の中から夏の雲を眺めて、実家へ帰省。 普段のひとり暮らしと違ってそれなりに賑やかな中、自分の内側をひらいてツラツラ何かを書き記すのは、正直難しいと判断したわけである。 今も、そしてあとしばらくもまだ故郷にいるけど、それでも書こうと思ったのは本当に気まぐれだ。昨日配信、ヨルシカの新曲「老人と海」を聴い
わたしがnoteの更新に夏休みを設けるあいだ、いつも文章を読ませてもらっているうちの数名が「毎日投稿おわりにします」と宣言した。 少し寂しい気持ちを感じながら、ゆくゆくわたしも “そう” なるつもりではあった。つい昨日まで。そして今日には「つもり」ではなく、実際に “そう” してしまおうと思っている。 今日のnoteは「毎日欠かさず書くことにあまりこだわらず、時間がある日に気ままに書いていきたいです」、というご報告。 今年の春先、3月1日から8月10日までの約5
「情報」として書く文章の仕事を始めてもうすぐ半年。ちょっとそろそろ比喩とか語彙とか、「芸術」としての表現力が落ちてきたなと感じているため、創作リハビリを開始した。 昨年みたいに数万字単位の文章を書く時間はないから、せいぜい2,000~3,000字程度のショートショートを書いてみる。 だが800字書いたところでその難しさに頭を抱えた。たぶんこれ、あと2,000字以内に収まらない。 問題点はぱっと浮かんで2つある。 まず1つ目は、内容的には削れるけれど個人的には削り
22歳の誕生日を迎えた昨日、人生初の占いに行ってきました。かねてより20代で結婚したいと思っているけど「たぶんこのままじゃ絶対無理だ」に到達したので、何かを変えるきっかけになってくれれば良いなと。 結果、ボロ泣きしながら話を聞いて、ボロ泣きしながら帰ってきました。このnoteも帰宅後すぐにまた泣きながら書いております。 普段のよりも理性がトんでる箇所があるので、わたしのマジの素の部分たちがたまに出ます。たんとお楽しみください。 仕事だったりお金だったり、ほかにも気
どこもかしこも、紫陽花の花は錆びた枯茶にしぼんでいる。鮮やかだった青い花弁が真昼の宇宙に全部吸われてしまったみたい。 夏はつねづね極彩色だ。電線と空、空と白雲。彩なき色とのコントラストがパキっと綺麗に映えている。 花も緑も青に負けじと生き生きするから、ぼうっとしてるとわたしのほうが乾いて干からび、先にくたばるかもしれない。 「どうしてわざわざ1番暑い時間に外へ出かけるのか」と尋ねられたら、その時間にふと出たくなるから、そう返す。炎天の下を宛てなしにただ散歩するとき、