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科学技術小説 ルカ船長最後の航海~AIは自ら死を選ぶか(3) 

メイとジュンの父ルカはビーグルの初代船長で潜水艇を操り海底でのサルベージを行う自営業者であった。ジュンはコンピューターのエンジニアであり父親の後を継がず最先端のAI研究のラボで働いていた。そこで彼は人の大脳のニューロンと前頭葉をつなぐ、シナプスの働きをシミュレートしコンピューターチップに写し取る技術を開発した。しかしその技術は人のように意識を持った機械を生み出すものとして、危険性を指摘する声が有識者から起こった。その強い声を受け政府当局はその技術の使用について当面、業界の自主規制委員会の管理下に置くという措置をとった。

生前ルカはメイにビーグルの操縦技術を習得させるべく副操縦士として見習いをさせていた。ルカの百戦錬磨の操船技術は名人技ともいうべきものであった。
三年前のある日の航海で、初めてメイが操縦桿を握りルカが副操縦席に座っていた。その日の操縦訓練はビーグルで渦に飛び込むというものであったが、船体が渦に入ると船尾の舵に激しく水流があたり操縦桿のロックが起こった。その初めての経験にメイはパニックを起こした。副操縦席のルカが揺れるビーグルの中でメイの方に体を曲げ操縦桿を握ろうとした時事故が起こった。渦の中心へと引き込まれて行くビーグルが一段と大きく振動し、無理な態勢をとっていたルカはしたたかに操縦桿に頭をぶつけ意識を失った。メイも操縦席から立ち上がろうとして体勢、をくずし倒れてそのまま気を失った。
二時間後、二人を乗せたビーグルは自動操縦で奇跡的に港にたどり着いた。二人は急ぎ病院に運び込まれ、メイはすぐに回復したがルカは意識不明のままであった。            

一週間後ジュンは病院の担当医よりルカは意識を持っているようだが言葉でそれを外に表すことが一切できない状態であると知らされた。そして今後回復する見込みはないことも告げられた。
そのことを聞かされジュンは彼が属しているラボで計画していた計画を実行することにした。それはルカの脳内のシナプスが編み出しているニューロンネットワーク内の信号パターンをそっくりビーグルのコンピューター内にコピーすることである。それは人工的にルカの脳とその働きと同じものを作り出すということだ。これはいまだかって成功した例はない。また意識を持つ可能性のあるコンピューターは規制委員会の管理下に置かれる。しかしジュンは躊躇しなかった。外とのコミュニケーションは一切できず病院のベッドで命を長らえるということをルカは決して望まないはずだ。彼はジュンの計画を知って予てより自分に何かあった場合、自分の脳をその実験に提供しても良いと言っていたのだ。ジュンは一家の昔よりの知り合いの医師のもとにルカを移し医師の協力を得てその計画を実行した。

脳のシナプスのシミュレーションは瀕死状態のルカの頭蓋骨に穴を開けずに浸透力の高い電磁波を用いたセンサーで、複数回同じ個所をスキャンし微修正を繰り返し成功した。その作業の一週間後ルカはこと切れた。

僕はこの話を、意識を持つAIの話としてまとめ大衆科学雑誌に送った。それはすぐに掲載され世間の注目を集めることになった。
それから、一か月間、ビーグルが出航することはなかった。規制委員会からコンピューターシステムとしてのルカの使用認可がおりる前にルカを使って出航したことで、より厳しい管理下に置かれた。この間ジュンはラボに籠っていた。メイは時々他の船の副操縦士としてアルバイトをしていた。

しかし渦巻での遭難事故が多いカノア湾でダントツの救助実績を誇るビーグルにすぐに出番が訪れた。一隻の小型観光潜水艇が操船ミスで渦にのまれ脱出できない。乗員十名の小さな船は約五時間で船内の酸素が尽きる。緊急救助が必要だ。
今日はビーグルに何やら荷物を運んで来ていたジュンはサルベージ組合から観光船遭難の連絡を受けた。だが規制委員会の管理によりルカの主エンジンの起動にリモートで制限がかけられていた。ビーグルはわずかな出力の補助エンジンしか使えず十分な速度で走ることはできない。そして組合の連絡員が最後に言いづらそうに重大な事実を告げた。
「遭難船の副操縦士としてメイが乗りこんでいる」

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