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幻想小説 幻視世界の天使たち 第40話

蝋燭の灯を受け、右側の銅鏡が青い光を発した。その青い光が悟志と仁の顏をゆらゆらと照らした。何の変化もないまま3分が過ぎた。陵が「ダメかな」と言った時に、仁と悟志の表情に同時に変化が現れた。二人とも、何かと戦っているような怖い形相となった。やがて二人とも手足をバタつかせた、と次の瞬間、二人は起き上がり、取っ組み合いを始めた。陵、ミカ、セナは、慌てて二人を引き離した。セナが仁をミカが悟志の体を揺さぶりながら、それぞれ落ち着いてと言った。数秒後、二人は我に返ったように、あたりを見渡し始めた。やがて悟志が口を開いた。
「あっ。家に帰ったのか」そして仁が言った。
「あっ、兄貴も戻れたのか。良かった」
その部屋ですっかり気持ちが落ち着いた仁と悟志に、セナが二人が夢遊状態の間の話を聞かせた。それを聞いていた仁が「ミカさん、セナ、そして陵、どうもありがとう」とお礼を言うと陵が言った。
「俺、向こうで仁に会ったような気がする。三浦悠馬は仁だったのだろ。俺は何度も自分が悠馬だと思ってたのだが、どうも意識が入りきらなかった。俺は何だったろう」
それを聞くと仁が笑いながら言った。
「あの世界では、僕はずっと自分は悠馬と一体化していた。そして今思い出してみると従者の三郎太と島の漁師が陵に似ていたと思う」
陵がわらいながら「やっぱし。そうか。そんな気もしていたのだが。対馬の樹恩寺での銅鏡のありかもしっかり覚えていたし」と言うとセナが「しっかり覚えていた?」とやり返し、皆の笑いを誘った。悟志だけが先程から皆のやりとりを無言で聞いていたが、次第に涙ぐんでやがて言った。
「皆どうもありがとう。苦労をかけたのだね。本当に迷惑をかけた」
ミカ、セナ、陵が悟志の方を見た。悟志は口ごもりながら続けた。
「私は、学生時代ウリグシクに言った時に知り合ったワン教授に誘われてコンバイとコンタクトしていた。コンバイに協力して鎌倉時代の元寇に関する資料を送った。そして樹恩寺の銅鏡を手に入れてコンバイに送る約束もした。かなりの額の報酬を提示されたのでね。大学で講師はしているが、他にもアルバイトをしないと独立して生活もできない状況だったのでその誘いが魅力的だったのだ。先日コンバイから、セナが僕にコンタクトしてくるように仕向ける、そしてそれに従えば、銅鏡にたどり着く。それをコンバイに送ってくれと言われてその通りにしようとした」
ミカが聞いた。
「でも、悟志は銅鏡をコンバイに送らなかった?」
悟志が頷いて言った。
「実際に目の前に銅鏡を見ると、このように我々の先祖が、一族の宝として代々伝えてきたものを、いくらお金を積まれたからと言って知らない者に渡すことなど、出来ないことだと思った。いやそれどころか、これをコンバイやその裏にいる組織に渡すことは人の世に反する行ためではないかと思えてきた」
皆じっと悟志の方を見つめていた。悟志は続けた。
「しかし、樹恩寺に戻してもすぐにコンバイに見つけられてしまうだろう。そこで私はこの銅鏡を一族にゆかりのある信頼の於ける人物に預けることにした」
「それが、対馬樹恩寺の光源さんなのですね」とセナが訊いた。悟志は頷いて言った。
「その通りです。あの光源さんは、鎌倉時代に我々の先祖が対馬に出向いた時にあの島の海岸で出会った漁師の子孫にあたる人物とのことなのだ。私はこのことをミカのお祖父さんの廣元さんに教えてもらった」
そこまで黙って話を聞いていた仁が言った。
「ところで兄貴は銅鏡を対馬の樹恩寺に送った後、どうして魔境の伝説で向こうの世界に入ったのだい」
その質問には悟志は答えを準備していたかのようにすぐに答えた。
「仁があちらの世界に行っている時のことを思い出して、しばし身を隠そうと考えたのだ。あの状態になってしまえば、もうコンバイも私につきまとったり、脅したりすることはあるまいと考えた」
セナが言った。
「それって、相当リスクのあることじゃないですか。もし誰も銅鏡を見つけ出せなかったら北先生を誰も現実の世界に引き戻すことが出来なかったかもしれないし」
悟志は少し笑って言った。
「それはあまり心配していなかった。対馬樹恩寺の光源さんには、受け取ってしばらくしたあの銅鏡をこっそり鎌倉樹恩寺の廣元さんに送るようにお願いしてあったからね」
陵がセナの方を見て言った。
「あの和尚さんそんなこと一言も言わなかった」
悟志は言った。
「それはそうだろう。光源さんにはこのことは、あやしい者には決して言わないようにお願いしてあったから」
陵が口を尖らせて小さい声で言った。
「怪しくなんかないぞ」
セナが言った。
「でも、私がいたから結局は銅鏡を渡してくれたし」
「それフォローになってないよ」と陵が言った。
仁がまた悟志に聞いた
「ところで、僕はあの世界では若い武士の三浦悠馬に意識が入り込んでいたのだけど、兄貴が入り込んでいたのは誰?」
悟志は言いづらそうに言った。
「私が入り込んでいたのは二つだ。一つは対馬沖のイルカ。そしてもう一つは……僧侶の化身の魔物だ。そしてあの魔物は……」
悟志はそこで言葉を一旦止めて、皆の顔を見まわしてから言った。
「あの魔物の名前は呪怨と言う。もともと、字が違う樹恩という名前の僧だったのだ。対馬にある樹恩寺の名前のもとになっている。そして、対馬の海岸で悠馬と呪怨は戦いを繰り広げる。その戦いの最中に悠馬に入り込んだ仁と呪怨に入り込んだ私が現実の世界に引き戻されたのだと思う」
仁がまた尋ねた。
「本当に兄貴は身を隠すためだけにあの世界に入ったのか」
悟志がきっぱりと答えた
「そうだ」
その時、部屋のドアが開いて僧侶の姿をした男が入って来た。ミカとセナの祖父、樹恩寺の廣元であった。
ミカが言った。
「おじいちゃん、お久しぶり」
廣元が言った。
「久しぶりだねミカ、話はそこで皆聞いておったから、説明はいらんぞ。悟志と仁をこの世界に戻すことが出来て、まずは良かったな。ここにいる皆のお手柄だ。だが我々にはもう一仕事がある。これは我々一族の使命でもある」
皆、真剣な面持ちになって廣元の言葉を聞いている。
「世界中でコンバイのまき散らした赤い光で幻視の世界に引き込まれた多くの人達を現実の世界に引き戻さないといけないのだ。これは我々にしかできないからな」

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