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さらば、富士屋本店

 10月30日現在、ものすごい量の原稿を抱えている。
終わらないかもしれない。いや依頼を受けた以上は書き終えなければならない。またいつものように寝言でうなされるだろう。

「潮時だな」

 私は心の中でそう呟き、重い腰を上げて、家を出た。

 副都心線の深いホームから這い出て、渋谷の雑踏に紛れ込む。歩道橋を上がり、国道246を渡る。明日で営業を終える上州屋を横目に、路地を入る。見慣れた看板が目に入った。そりゃそうだ、5日前に来たばかりだ。

 立呑の殿堂・富士屋本店、本日閉店。

 5日前は1時間待ちだったが、最終日の今日は2時間は待つ。最前列の変態は、聞けば3時間以上前に来たという。

 ようやく店内に入るといつも以上の熱気。そしてどこか落ち着かない浮ついた雰囲気。楽しむはずの酒場だが、今日ばかりは客もどうしていいかわからないのだろう。

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 富士屋本店Tシャツ。手伝いに駆けつけたバイトのスタッフみたいだ。

 最終日なので、皆1時間を目安に店に別れを告げる。スタッフに代わって注文を取り、逆に混乱を巻き起こしているマッチョの兄ちゃんは、律儀に一度退店してから、並び直し、もう一度入店してきた。なんて誠実な奴なんだ。
 常連なのか、帰り際、女将のヨシエさんに抱擁されて泣いている輩もいる。

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 お、おんな酒場放浪記の倉本康子さんも。有名人なのにちゃんと行列に並んでいた。男性陣はデレデレで記念撮影のラッシュ。恥ずかしかったが、私も紛れてお願いした。こんなこと佐渡島のジェンキンスさん以来だ! 彼女が着ているエンジの富士屋Tシャツは特別バージョン。

 舌が覚えた味もいつか忘れてしまうだろう。泣きこそしないが、やはりこの店がなくなるのは寂しい。

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 好物のハムカツ。駄菓子屋みたいな味だったが、それがまた病みつきだった。

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 大好物のシメサバ。「はい、メサバ〜」という店員さんの掛け声ももう聞くことはない。最終日ということで店員さんたちも相当テンパっているのだろう。若干盛り付けがワイルドだったが、それも最終日の醍醐味だ。

 開店から2時間ちょいの19時15分。「ハムキャベツ(別)終わりー」という非情のコール。一つひとつ思い出が剥ぎ取られていく気分だ。

 21時ちょい前。

「ラスト〜」

声のする入口を見ると、星野源みたいな男が申し訳なさそうに入店してきた。ついにラスボスならぬラス客! 10000人目のお客様状態で店内が揺れるほどの大歓迎!

「やったねー」

 すれ違いざま肩を叩いて、歓迎すると

「えへ、僕でいいんですかね」

 とデレデレしていた。10年前から来ているという。よかった。「わたし今日初めてなんですー超ラッキー」とかほざくギャルだったら、店も肛門もしまらずうんこ漏らしていたところだ。君でいい、君がいい。最後のお客さんにふさわしい男だ。

 21時半。店員がカウンターのグラスにつっこんである箸を片付け始めた。

「潮時だな」

 さすがに今晩は全然酔えなかった。。。わけはなく、思いっきり酔った! 呑んだ! ラストの富士屋本店を閉店まで堪能したぞ!!

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 再開発は仕方ない。時の流れだ。でも富士屋を潰すのだ。できるなら、また似たようなガラス張りの商業ビルを建てるのではなく、「ここにしかないぜ!」というお店を作って欲しい。

 あー私の初めての立呑酒場、富士屋本店。

 昭和の灯りがまた一つ、消えた。

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 photo by シブヤ経済新聞の美人記者さん
最後までいたら記念撮影に混ぜてくれた! 
最後の最後までステキな思い出いっぱい!
富士屋に乾杯! Tシャツ完売! ありがとうございました〜!


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