たまに書く日記④ きのこ姉妹
茸が好きだ。
生えているのを見るのも、自分で育てるのも、料理するのも、食べるのも好きだ。
以前、しいたけ栽培セットを買って、仕事部屋で毎日世話をしたことがあった。
樹脂製のドーム付き容器と、種菌が既に植え込まれたごく短いほだ木のセットである。
説明書どおりに水につけたり袋に詰めたりしていたら、あっという間にたくさんの小さなシイタケが生えてきた。
ほだ木が短いだけあって、ヤケクソみたいな密度で植え付けられていたらしく、とにかく密だ。百合子に絶叫されそうな状態に、ミニシイタケがひしめいてしまった。
説明書には「シイタケが生えてきたら間引け」と書いてあったが、そんな可哀想なことはできない。
みんな違……わないけど、みんないい。
やむなく全員をそのまま育てたら、うすうすそうではないかと思ってはいたが、小さくて薄いシイタケが大量に出来た。
言わんこっちゃない、というメーカーさんの声が聞こえてきそうだが、そんなこと言われても、全員が間引ける前提で商品を作るほうもどうかと思う。
この写真は、そのときの怒濤の収穫が終わったあと、ひとりぽつーんと遅れて生えたシイタケだ。
結果として、こいつがいちばん肉厚で大きかった。
どんなに残酷でも、悲しくても、選抜はよりよき結果を生むためには必須なのだ……と人生における深い教訓を得たが、まあ、小さかろうが大きかろうが、味はシイタケだ。大差はない。
むしろ小さいシイタケは、いちいち切らずにじゃんじゃん料理に使えたし、食べやすくてよかった。
何ごとも、可能な範囲でポジティブにいきたい。
毎年、ヤコウダケ栽培キットも買って育てている。
今年はちょいと気候がよろしくなくて上手くいかなかったが、例年はこんな感じだ。
小さな湿って土臭いキットの中で、シイタケより遥かに繊細な、白っぽい茸がにょきにょき生える。
このままだとただの可愛い茸だが、灯りを消すと……。
緑色に輝く。
本当に、ビックリするくらい美しく輝く。ウラングラスのような色と光だ。
茸は短命なだけに、美しいときを満喫したくて、つい一晩じゅう眺めてしまったりする。
茸はよいものだ。
それはそうと、私には義妹がひとりいる。
言うまでもなく弟の配偶者なので、遺伝子的には赤の他人だ。
それなのに、むしろ弟より、義妹のほうが私と似たところが多いような気がする。私が勝手にそう思っているだけかもしれないけれど。
そんな義妹が、猫写真を見せ合うLINEの最中、何の前触れもなくこう言った。
「そういえばお義姉さん、楽天ポイントがいつの間にかたまってたんですよ」
ああうん、あるある。なんか思いきって高いもん買った?
そう訊ねた私に、義妹はこう答えた。
「シイタケを」
は?
「シイタケの原木がね、菌駒をもう打ち込んである長いのが2本もポイントで買えたんですよ! ベランダに並べました!」
義妹よ、お前もか。お前も茸領の女だったのか。
静かに感動しつつ、私は義妹に「で、シイタケ採れた?」と訊ねた。
すると義妹は、即座に巨大なシイタケの写真を送ってきた。
手のひらからはみ出すような、特大のやつだ。
私が育てたミニシイタケ10個分どころの騒ぎではない。さすがガチの原木、本格シイタケを生み出してきやがった。
義妹からは、LINEメッセージがすぐに送られてきた。
「こんなのが何枚も採れました! 大喜びでさっそく食べました! そうしたらお義姉さん……」
うん? とびきり美味しかった?
「虚無でした」
はい?
右京さんみたいなリアクションをする私に、義妹は淡々と語った。
「香りもない、味もない、ただ食感がシイタケであるだけの物体でした」
彼女によれば、そんなディストピア感に満ちた立派なシイタケが、何年間か生え続けるらしい。
というか、それは本当にシイタケなのだろうか。
「間違いなくシイタケです。ただ、味と香りがないだけで」
味と香りがないシイタケを、シイタケと呼んでいいものか。
いや、味と香りがないからといって、お前はシイタケではないと決めつけるのは、シイタケ界における差別的言動なのだろうか。
「干してみます。そうしたら、なけなしの味が凝縮されて出てくるかもしれません。水で戻したら元の木阿弥のような気もしますが」
私の困惑をよそに、義妹はそんな風にクールに話を締め括り、ネットの向こうに去って行った。
断続的に発生する虚無シイタケと共にこの先数年を生きていく弟夫婦に思いを馳せつつ、確かめてみたら、うちにもそこそこの楽天ポイントがたまっていた。
さっそく検索してみると、確かにシイタケの原木がある。
しかも、思ったよりは安い。
山中の一軒家、原木を立てかける場所には事欠かない。
いける。
いける。
いける、が。
理性と欲望がしばらくせめぎ合った結果、私はもう1つ、小さなシイタケ栽培セットを楽天ポイントでゲットした。
小さくてもいい、私は確実に美味しいシイタケが食べたいんだ。
でも今度こそ、心を鬼にして間引いてみようと思う。いや無理。