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ちょいちょい書くかもしれない日記(夜を渡る)

わー!
ついに、スキが10万の大台に乗っていました。
いつも見てくださって、本当にありがとうございます。
いただいたチップで、猫はおやつを、私はのど飴をゲット致しました。
これからもどうぞよろしくお付き合いのほどを!(前文終わり)

久し振りに、生活リズムが「いつものやつ」に戻りつつある……かもしれない。
明け方に寝て、昼前に起きる。そういう生活だ。
ここ1年半ほどはそうではなく、早めに寝て、朝起きて活動を開始していた。
理由は単純で、家族全員が新型コロナウイルスに倒れてから、父の通い介護、そして入院してからは朝イチの呼び出しなどが相次いだから。
そして父が死んだあとは、色んな手続きを手伝ってくださる人たちとお話ししたりお会いしたりするとき、あるいは父が引き受けていた業務を代わりにやるとき、皆さんたいてい午前を指定なさるからである。
早ければ8時半、遅くとも10時半。約束の時間は、だいたいそんな感じだった。
植木屋さんも工務店さんも、みんな早起き。
お務めの皆さんはそうなるよね! 役場も銀行も午前に行ったほうがいいしね! と、私自身もそうした社会人のタイムテーブルで暮らしてきたが、親のことが一応の一段落を迎えると、朝から出歩くこともずいぶん減った。
身体と頭が、日常に戻っていいんだ! と判断したのだと思う。
急に、身体が夜型に戻った。
正直、そのほうが色んな意味で具合がいいのだ。
私は執筆中に決して集中しないよう頑張る変な小説家なのだが、だからといって、宅配やその他のインターホン呼び出しで流れを完全に断ちきられるのが好きなわけではない。
自分の中で、適度に集中を防ぎ、色んなものを心の床に散らかしておく……というのが理想で、他人に邪魔をされたくはないのだ。
ゆえに、執筆作業は圧倒的に深夜がはかどる。
丑三つどきから早朝にかけて、猫が本気で大騒ぎする時間帯があるので、そこは書いたものを打ち出してチェックしたり、片づけ物や捜し物、勉強をしたりする時間にあてる。
早朝、猫たちに朝食を出し、トイレを綺麗にして、布団に入る。ちょうど猫たちも、大騒ぎからひと休みフェーズに入っている。
こんな具合だ。
昼前に起きて、ぼんやりしながら温かい飲み物を入れ、お菓子をつまみ、昼寝する猫たちを見ながらPCを立ち上げる。
昼下がり、休憩がてらポストに郵便を出しに行ったり、山を下りてスーパーマーケットに行ったりして日光を浴び、帰宅してまた働き、夕方になったら猫の世話をして入浴し、夕飯を作って食べ、ちょっとぼんやりしてまた働く。
やはりこのペースが、自分には合っている気がする。
基本的に、夜の生き物なのだ。
思えば幼い頃から、早寝早起きが苦痛だった。夏休みのラジオ体操が何よりの苦行だった。
そういう意味でも、父が死んでから、ずいぶんと私は緊張し続け、無理をし続けてきたなあと実感する。
幸い学校は、「絶対に午後からしか働かない」と遠い昔に決め、そのようにカリキュラムを組んでもらっている。
私が夜型生活に戻っても、誰も困らない。
とても久し振りに、ド深夜にカタカタとキーを叩きながら、私はまた少しだけ、自分の生活を取り戻したなと実感する。
そうはいっても、新型コロナ後遺症の異常な疲れやすさだけは、これまでの私の生活にはなかったものだ。
働く時間より長く休まねばならないのは業腹だが、そこは割り切って、どうにか最適な落とし所を見つけたい。
昼寝がマストの人生になるとは思わなかったな~。

買い物に行こうかと思ったが、一度、年末年始の蓄えを消費したほうがよさそうなので、やめにした。
野菜だけは、来週のいつか、買いに行くことにしよう。
今日は鍋。明日もたぶん鍋である。
本当は塩鮭が食べたいのだが、長男猫が鮭大好きになってしまい、あげられないしょっぱい鮭の日も横でお座りするので、どうにも食べづらい。
長男猫は猫家族をまとめ、私をも守ってくれる偉い子で、滅多に自分の我が儘を態度に表さない。
だからこそ、たまに明らかに欲しがるものがあったら、かなえてやりたいと思ってしまうのだ。
鍋と同じ野菜を使って、冷凍の生鮭を蒸して食べることにしようか。

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椹野道流
こんなご時世なのでお気遣いなく、気楽に楽しんでいってください。でも、もしいただけてしまった場合は、猫と私のおやつが増えます。