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ちょいちょい書くかもしれない日記(どんより)

自分とまったく面識も関係もない作家さんがたの、「編集部の不手際」が重なったことによるコミカライズ中断についての記事を読み、驚くほど具合が悪くなった。
なんなら一晩眠れなかった。
うっかりまだ新しい傷、つまりは自分のときのことを思い出したからだ。
気持ちの整理を一応はつけたつもりでいたけれど、全然ついていないのだな。
それはそうだ。今もって、何一つ「解決」はしていないのだから。
ただ、さっと見えないところに片付けられただけだ。
やらかした編集部からは終始、知らんがなとしか言い様のない、手前勝手な弁解しか聞けなかった。
責任という名前のボールは、手から手へぽんぽん投げ渡されて、あっという間に見えなくなった。
大切な作品が得られたであろう、心から望んでいた未来の一つを無造作に潰された。
末永く大事にしたかったご縁を、あずかり知らないところで引きちぎられた。
それを、作家としての自分の実家と呼ぶべき、ずっと大切に思ってきた版元にやられたことが、余計につらかった。
結局、編集部からの謝罪と、取り返しがつかない失態のお値段、御社ではそんな感じですかそうですか……という額のお金が、他に選択肢のない落とし所として呈示された。
そんなものは何の役にも立たないし、まったく望んでいなかったのに。
終始、私が言葉を尽くしてお願いしてきたのは、事態の修復だけだったのに。
でも、食い下がったところで、もうどうしようもないのだな、ということもわかった。
組織がこれで手打ちだと宣言したら、個人は黙って引き下がるしかない。
慰めのつもりでかけられる「気持ちを切り替えて」という言葉が、余計にしんどかった。
無理に決まっとろうが、そんなもん。一生引きずるわ。
そのくらい好きにさせてくれ、と思う。

一切合切を箱に詰めて、蓋を閉めて、深いところに沈めようとしたけれど、見事に失敗していたのだなと思いながら、仕事に行った。
こういう日は、講義用のテンションに持っていくのがとても難しい。でもまあ、なんとかした。
教える仕事に、他の仕事の影を落とすことは絶対にしない。

こうして包み隠さず落ち込めるようになっただけマシなのかな、とも思う。
当時は、事態の把握すらできなかった。
話を聞こうにも、当時、当該編集者は会社に手篤く守られて療養生活をしており、その他の関係者は「何が起こったのか我々にはわからないし、作家にあれこれ言われても困る。とりあえず謝っとくか」というスタンスだったから、ひとりで抱え込むしかなかった。
唯一の救いは、漫画家さんが我慢の末に当該編集者に見切りをつけ、ご自分の心身を守る手だてを講じてくださったことだ。
漫画家さんの求めに応じ、動いてくださった他社の編集者には、心から感謝している。
もし、そうした助けがなければ、どうなっていたことか。
トラブルについて、すべてが破綻するまで知らされていなかったとはいえ、何ヶ月も、私は原作者である自分を責め続けた。
私がお仕事をご一緒したいと望みさえしなければ、漫画家さんをそんな酷い目に逢わせずに済んだ。
結局は、私が悪いのではないか。
何でも自責に持っていこうとする思考はよくないとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。
そこまでの苦しさと罪悪感とやるせなさを、「ご心痛」などという綺麗な言葉で簡単に片付けてほしくはなかった。
見せていただいたネームは、本当に素晴らしかった。
心から、完成稿を見たかった。今だって見たい。

まあでも、あれだ。
べこべこにへこみながらも、夕飯何食べようかな、と思える程度の強さはまだ持ちあわせている。
帰宅してから無闇に時間をかけて作った鶏の無水カレーは、滋養の塊みたいな味になった。
安かったので2パックも刻んでぶちこんだマッシュルームが、地味にいい仕事をしている。
パキスタン風と言いたいところだが、スパイスをあれこれ揃えるのが面倒で安直にカレーペーストを使ってしまった。
途中までパキスタン風だったカレーだ。
鶏肉がほろほろになって勝手に裂けるまで煮たので、カレーはゆるいペースト状になった。
ホットサンドにしたら美味しいかもしれない。

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椹野道流
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