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うどん王国香川県「灸まんうどん」で県民食を味わう
穏やかな瀬戸内海に面した香川県。瀬戸大橋で本州と結ばれたこの地は「うどん県」の別名を持つ。県内のうどん店は670軒を超え、麺の原料となる小麦粉の消費量は全国トップを誇る。私は南隣りの高知県でカツオを食べて成長したが、いつしか香川の県民食に洗脳されてしまった。数ある名店の中から、今回は優しい味がうれしい「灸まんうどん」(善通寺市)をご紹介する。
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香川と高知は急峻な四国山地で隔てられ、言葉も県民性も全く違う。ご想像通り、高知は概して荒っぽく、香川はおっとりしている。
土佐湾の黒潮を眺めて育った高知県人は「瀬戸内海ゆうたち、たかだか狭い池やいか。魚を食べるなら、高知に来いや!だいたい、香川の人間はふにゃふにゃしちょって気にくわん」と対抗心をむき出しにするが、こと麺類に関しては立場が弱い。
香川県には世界に冠たる「讃岐うどん」がある。高知には「鍋焼きラーメン」(須崎市)という名物があるものの、知名度では比較にもならない。私同様、多くの高知県人は「隠れ讃岐うどん教」の信者である。
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「灸まんうどん」は、こんぴらさんとして名高い金刀比羅宮(琴平町)に続く幹線道路沿いで営業している。木造平屋の建物は地味だが、探すのは簡単だ。近くに行けば「名物灸まん」という看板が、これでもかというほど現れる。
「灸まん」とは、金刀比羅宮の門前に店を構える「こんぴら堂」が製造する和菓子である。地元では代表的な土産物であり、ルーツは江戸時代までさかのぼるらしい。「灸まんうどん」は、その飲食店部門なのだ。
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香川のうどん店は、大部分がセルフサービスである。客はお盆を持って並び、好みのうどんを注文する。
カウンターには稲荷寿司、かき揚げ、てんぷらといったサイドメニューがずらりと並び、定番のおでんもグツグツ煮えている。ここまで来たら、うどんだけで済ますことなど到底不可能である。客は半ば無意識に手を伸ばし、店の売り上げに貢献するのだ。
調理場では「讃岐うどん」の名人たちが、忙しく働いている。年季が入ったプロは客を待たせない
。てきぱきと注文をさばていくれるから、入店5分以内で食事にありつける。
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妻とともに、うどん2杯と芋てんぷら、かき揚げ、稲荷寿司、おでんを注文した。これだけ食べながら、代金はたった1200円。ともかく、主食のうどんが安いのだ。店によって違うが、一杯300円程度から提供されている。
昨今の物価高に毒された身だから、時々「こんなに安くて大丈夫なのか」と、余計な心配をする。今時のラーメン店は、1杯1000円を軽く超える品を平気で出している。同じ麺類だというのに、この違いは何だ。
しかも、香川のうどんは小で1玉、大だと2玉は入っている。おそらく、香川の人たちはうどんで体ができているから、中途半端な品は許さないのだろう。「これでどうだ」と、熱々のうどんを出し、客は全身全霊を傾けて立ち向かう。まさに真剣勝負。うどん県人を名乗る人々の厳しさと愛が、あまたの名店を育てた。
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「灸まんうどん」の特徴は、優しい味にある。讃岐うどんといえば麺の腰が強いというイメージがあるが、この店はやや柔らかい。ダシ(つゆ)は上品でとがったところがなく、全体的におとなしい印象を受ける。
人によっては「ちょっと平凡過ぎる」と感じるかもしれないが、それは毎日食べてもあきない味であることにつながる。客層を見ると、大半は地元民で占められる。仕事のついでに立ち寄り、さっさと食べて出ていく人が目立つ。まるで、和食のファストフード店である。
高松、坂出、丸亀、観音寺…私はこれまで香川各地のうどん店を食べ歩いたが、灸まんうどんは間違いなくベスト10に入る。旅先の宴会で二日酔いになろうと、さらりと食べられるうどんなのだ。
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香川県民にとっての讃岐うどんは、ソウルフードそのものである。ここらで「ちょっと腹ごしらえ」となったら、だれもがうどん店に駆け込む。マクドナルドやケンタッキー、ファミリーレストランといった全国展開の店もあるが、讃岐うどんの牙城を崩すことは永遠に不可能だと断言する。
なにしろ、香川の人々は「うどん脳」なのだ。うどん大使として働く地元のゆるキャラを見よ。一見ふにゃふにゃしていても、うどんは強くたくましい。県民は、幼いころから親しんだ味を誇り、絶対的な信仰を寄せている。
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高知のソウルフードといえば、やはりカツオのたたきだろうか。高知県民はカツオと酒にアイデンティティーを見出し、夜ごとに宴会を張る。こんな土地柄だから「自分は讃岐うどんが好き」とは、なかなか言い出せない。
下手な酔っ払いが相手なら「おまんは、うどんで酒を飲むがかよ。ざっとしたことをしなや。しまいに、こたかす(殴る)ぜよ!」とからまれる。
しかし、実は讃岐うどんファンという人は意外に多い。隠れ信者は四国山地を越え、今日もうどんの聖地の巡礼に出る。
最近は讃岐うどんを提供する全国チェーン店もあるが、やはり本場の味には及ばない。香川を歩き、行く先々で小さな店に入る。そこには柔らかな響きの讃岐弁を話す人たちがいて、みんなが温かいうどんを食べている。店によって、うどんの味は全く違い、新たな発見と出会いがある。
よほど運が悪くない限り、香川県のうどん店で失望することはない。こんなことを書いていたら、また食べたくなってしまった。
高知からだと、高速道路で2時間足らず。あなたが本州にいるなら、すぐに瀬戸大橋を渡れ。海を一跨ぎすれば、そこは魅惑の「うどん県」。
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