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オーバーツーリズムから生活を守る 京都府伊根町の「舟屋」を訪ねた

 増えすぎた観光客による混雑が地元の人たちの生活を脅かす「オーバーツーリズム」。コロナ禍が落ち着いてインバウンド(訪日外国人客)が急増する中、全国各地の有名観光地で、この問題が深刻化している。美しい海と舟屋の眺めで知られる京都府の伊根町では今年6月から、狭い生活道路の渋滞を解消する「パーク・アンド・バスライド」の実証実験が始まった。伊根はドラマのロケ地にもなり、インバウンドの人気が高い。10月初旬の平日、伊根湾に面した静かな町を歩いてみた。

伊根町は南に広がる伊根湾に抱かれている

 

波静かな伊根湾。海とは思えないほど


舟屋が軒を連ねる

 京都府北部の伊根町は、古くから漁業で栄えた。町は若狭湾に突き出した丹後半島にあり、伊根湾は南に向かって広がっている。湾口に浮かぶ青島が波風を防ぐ役割を果たしていることもあり、日本海側の海とは思えないほど波静かだ。
 町の家々は、海岸線に沿って肩を並べている。背後に切り立った山が迫り、平地はほとんどない。遠くから見ると、家並みがそのまま海になだれこんでいる。
 家の多くは2階建てで、1階部分が舟小屋、2階は物置や作業場になっている。これが有名な「舟屋」だ。内部にはスロープが設けられ、小さな漁船を海から引き揚げることができる。漁師町ならではの、効率性に優れた建物である。
 伊根町によると、舟屋は伊根湾の周囲5㌔範囲に約230戸残っている。独特の景観は「日本のベネツィア」と讃えられ、多くの観光客を呼び寄せてきた。一部の舟屋はカフェや宿泊施設として利用されているものの、大半は現在も漁師の仕事場なのだ。

舟屋の目前は海


屋内に引き揚げられた漁船が見える


特徴的な舟屋の構造が分かる

 伊根町が、なぜオーバーツーリズムに直面したのか。それは、町を歩いてすぐ分かった。この町はなにしろ狭いのだ。
 家々は車がやっとすれ違える道の両側に密集しており、観光客用の広い駐車場を確保することはとてもできない。片側は海、反対側は山。小規模な商店街のアーケードのように、大量の車が通れる余裕は全く無い。
 訪れてみて気づいたのだが、海に面した舟屋にはほとんど人が住んでいない。通りをはさんだところに本来の居宅があり、2つの建物が一対になっている。舟屋はあくまでも漁師の作業場であり、大切な漁船を保管する役割を果たしている。
 実際に通りを歩くと、山手側の町並みは何の変哲もない。ごく普通の民家が並ぶだけで、どこにでもある眺めである。 
 それが海側になると、今度は舟屋を出入口からのぞくことになる。建物によっては内部の漁船が見られ、特徴的な構造が良く分かる。同じ町でありながら、二つの表情を持つ町並みなのだ。

山側の町並み。ごく普通の町


道路側から舟屋を見る


舟がつながれている。すぐ海に出られる

 

庭先は海。立ち入り禁止の看板がある


軒下の漁網。漁師町の証

 伊根町では、海上から舟屋の眺めを楽しむ「伊根湾めぐり遊覧船」が運航されている。しかし、伊根の成り立ちに興味を持った観光客なら、ぜひ町中を歩きたいと思うだろう。
 通りには神社や集会所があり、家の軒先には漁網がつるされている。舟屋の間から海が見え、漁船が浮かんでいる。赤く塗られた消火栓。海ぎりぎりの駐車場にとめられた京都ナンバーの車。生活感にあふれた家並みが続く。
 そんな伊根町でやたら目立つのが「立ち入り禁止」の看板である。とくに海側に多く、道路と敷地をロープで隔てた舟屋も見られる。インバウンドの客足回復による観光客増は、私有地への侵入というトラブルの多発を招いてしまった。
 観光客は少しでも海に近づき、舟屋の風情に接したいと考える。道路わきに空き地があれば、つい私有地に足を踏み入れてしまうのだ。住民からすれば、これほど迷惑なことはない。観光で食べているならまだしも、庭先で騒がれるのは不快極まりないに違いない。
 さらに、観光シーズンともなれば、他県ナンバーの車が狭い地域に押し寄せる。道路は大渋滞し、住民は外に出られなくなる。
 

狭い生活道路。観光客の車が渋滞を招く


舟屋と漁船。ここは仕事場

 「はっきり言って観光客は迷惑。来てもらわなくていい」。そんな声さえ聞かれるようになり、関係者は早急な対策を求められた。
 伊根町など7自治体を中心とした一般社団法人「海の京都DMO」は、まず土日祝日の交通渋滞解消を図った。
 6月から伊根町役場に無料駐車場を設け、観光客の車を誘導。無料のバスを町中心部に走らせ、観光客を運ぶ「パーク・アンド・バスライド」を実施している。
 もともと、舟屋周辺の観光用駐車場は100台分足らずしかない。海の京都DMOは「観光客の安全確保とともに、住民の生活環境の改善を目指す」としている。
 伊根町は漁業が生活の基盤となっており、住民は朝早くから海に出て働く。「静かな生活を守りたい」という思いは切実だ。舟屋が世界的な注目を集める存在だとしても、住民にとっては労働の場なのだ。ただ珍しがられても、戸惑うばかりだろう。
 

味わいのある舟屋


大正時代に撮影された舟屋

 数少ない観光用駐車場の近くからは、舟屋が間近に一望できる。地元の人に教えてもらった公園に行くと、大正時代の伊根町の写真を紹介する展示があった。
 モノクロの写真に写っているのは、昔から変わらない舟屋と伊根湾だ。着物姿の漁師が木造船に乗り、長い櫓をこいでいる。この頃の伊根は観光客どころか、よそから来る人も少なかった。人々はただ自らの仕事に励み、命がけで海に出ていたのだ。
 時は流れ、伊根には世界各国から旅人が集まる。昔の住民は、まさかこんな時代が到来するとは夢にも思わなかっただろう。

舟屋に入れられた木造船


伊根湾の水は透き通っている


 この日の夜、私は伊根湾を見下ろす山の中腹にある道の駅「舟屋の里伊根」で車中泊をした。
 日が暮れてから舟屋のある方向を眺めたら、灯火は驚くほど少なかった。伊根の人たちの居宅は、舟屋の裏側にあるのだ。観光客は人々の日々の営みを見ているわけではない。ただ、他に類を見ない舟屋にロマンを感じているだけなのかもしれない。


道の駅から伊根湾を望む



夜の伊根湾。家の明かりはほとんど見えない


船着き場で釣りをする人がいた


立派な土蔵。伊根町の歴史を感じさせる

 観光客でごった返す京都市では、市民が利用する路線バスの慢性的な混雑が続き、清水寺周辺や祇園、嵐山などは散策もままならないほどの人の波で埋め尽くされている。
 私が滋賀県大津市に住んでいた8年前も、京都は観光客で大賑わいだった。電車で10分ほどと近かったことから、よく遊びに行ったものだ。
 ある日、犬を連れて橋の上を歩いていたら、前から自転車で来た年配の女性に聞えよがしの舌打ちをされたことがある。カメラを手にしていたから、邪魔な観光客だと思われたのだろう。
 来る日も来る日も、家の前を観光客に歩かれたらどんな気分なのか。超有名な観光地で住むのは、決して楽ではない。
 伊根町のオーバーツーリズムが解決するかどうかは分からない。でも、あの小さな漁師町で、みんなが観光客に敵意を向けるようなことにだけはなってほしくない。
 伊根町を出て北に向かったら、日本海の海岸に荒波が打ち寄せていた。いつまでも穏やかな伊根でありますように。ただの観光客にすぎない私は、そんなことを祈った。


荒れる日本海



同じ日の伊根湾

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