力を抜くのは、力を入れるより難しい。
力を抜こうと思ったら、まず力が入っていることに気づかなければいけない。
でも力が入っていることが当然すぎて、気づけない、抜けない・・・
今この瞬間に、この文字を読みながら、肩の力を抜いてみてください。
読んだだけで緩められれば素晴らしい。
では逆に、肩に力を入れてみてください。
どんな感覚でしょう?
きっと息も止めてしまうんじゃないかというくらいの緊張で、パツンパツンに力もうとする自分に気づくはず。こうしてぎゅっと力を入れて、はーっと大きく口で息を吐きながら抜くと、あ。ゆるめるってこういうことか・・・と少しはイメージがつく。
無意識のうちに、私たちの日常は「余分に力んで」しまっている。
そしてこれを外すのがどんなに大変か!
私の場合はとくにお尻の筋肉が緊張しがち。
これは多分、ぎゅっと収縮させることで、不安でパニックになりがちな自分を支えてきたからだと思う。
グラウンディング力が足りないとふわふわしがちなので、こうしてお尻ぎゅ!で自分を見失わないようにしてきたんだと思う。お尻のあたりにあるのは、「安定」がキーワードなサバイバルのエネルギーセンター。
ヨーガを始めた頃、インドでこの脱力を一生懸命に心がけて・・・
なんだこの、お尻の緊張は!!と気づいたのは、ヨーガの帰りの車の中。
知らず知らずに、まさにムーラバンダ状態!
ムンバイの半端ない渋滞の中、ドライバーが運転する車の中で・・・ついつい気になって、どうしても目の前の道路を見ていた時が多いのだけれど、そうするともう、怖くて怖くて!笑 今にも飛び出してきそうなリクシャーや、車やひとたちや、動物・・・ドキッとするたびに体が硬直する。でも、ふとそれに気づいてから、路上を見ることはやめて、車窓から道端で繰り広げられる人生模様を楽しむか、さりげなくムドラ(手印)しながら、目を開けたまま瞑想するように意識変換した。
あんなの見てたら、緊張が溶けるどころではない・・・
そう。別に現実的に危険な目に遭っていなくても、そうなるかもしれない緊張感でいっぱいになるなんて、なんて無駄なこと・・・。
実はこうやって私たちは本当に無駄にエネルギーを人生で使ってきている・・・
そうきづいたものの、いまだにお尻の中の余分な力は完全には抜けない。グラウンディング力はかなり高まっていても、関係なくしぶとい。しつこい。。きっとこの人生だけでつくった習慣ではないはず。笑
1日に数回、力み具合は意識するようにしている。
これはヨーガマットの上ではないヨーガ。日常の中で取り入れられる、とっても大切なヨーガだと思っている。
庭仕事しながら、どこに余分に力が入っているか、気づいて抜く。
ごはんつくりながら、どこに余分に力が入っているか気づいて抜く。
もうおわかりかもしれないけれど、ヨーガでは無駄なエネルギーを浪費しないように・・・という生き方をする。エコモード運転なのです。
まだ体の使い方を熟練していない赤ちゃんが、指全部使ってスプーンを持てるようなって、そのうち必要な指だけで上手につまむ作業ができるようになるように。使い方がわかれば、動きは洗練されていくもの。箸使いの上手な人がお箸で豆を取るときのように、無駄な動きもなければ、無駄なエネルギーを費やさない。ああいう無駄のなさは見てて美しい。
いわゆるマーシャルアート(武道的な)においても同じ美しさを感じる。
研ぎ澄まされた美しさは、ガチガチに恐れと怒りで固まって、おりゃ〜、いつでもかかったこーい!といういかにも未熟者の雑なふるまいとは異なる。腹が据わっている感はグラウンディングに比例する。
空気椅子なチェアポーズにおいて、足の筋肉はすごーく必要だけれど肩には余分な力は不要であるように・・・。本当に必要な部分に必要なだけエネルギーを注ぐように意識するのがヨーガアーサナ。
そして辛いときほど、何をしているか・・・から敢えて意識を逸らすのです。「いつまで続くの??キツイ・・・」と思うと、ついそこに余計なエネルギーを注いでしまうから。
きっつーっと思っても、平然とした顔で、意識を逸らしながら。呼吸に向けながら、すこーしずつゆるめていく。
だから、動きはゆっくり。肩を10回勢いつけて回すよりも1回これ以上ないというくらい大きく、ゆっくり回せば十分というペース。
時折エネルギーの流れをイメージしながら。動きながらもエネルギーチャージ。瞑想とヴィジュアライゼーションを合わせて、癒しタイムをつくりつつ、少しだけ体に負荷もかける。しっかりとグラウンディングできるように・・・。
まずはしっかりと地に足をつけないと!
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