995/1096 誰も信じない話④
吾輩は怠け者である。しかしこの怠け者は、毎日何かを継続できる自分になりたいと夢見てしまった。夢見てしまったからには、己の夢を叶えようと決めた。3年間・1096日の毎日投稿を自分に誓って、今日で995日。
※本題の前に、まずは怠け者が『毎日投稿』に挑戦するにあたっての日々の心境をレポートしています。その下の点線以下が本日の話題です
995日目。気の小さい自分にとって、この毎日投稿が1000日に近づいていることや、明日からは残り100日のカウントダウンとなること、それに加えてここ数日間は書き溜めをしないでその日その日に続きを書いて、校正もしないままお話を綴っているというヒヤヒヤなどがぜんぶがいっぺんにくると、心のキャパオーバーとなって心臓に悪い。自分は今日の責務を果たせるのだろうか。
こういいうときにいつも、自分はなんと気が小さいのだろう、と思うのだけれども、しかし、そんなことはいいのだ。そう生まれついたのだ。それはいいから、そこからなにかしら成長するのが面白いのだ。
たとえばゲームをやると、どうしても今より強い敵を倒したくなるし、もっとレベルを上げたくなるし、さらに得点がほしいと思う。そして、今より使える技を増やして、領地を拡大していきたくなる。そのプロセスは、コツコツとしたものがほとんどだけれども、とても楽しい。こういうことは、自然なことなのだと思う。「やれば発揮できるものを、やって発揮する」のは、われらの純粋な憧れだ。
なんというか、パンチの強さを測れるマシンがあったら、ついパンチしてみちゃうでしょ。それで、あ、今のちょっとうまく行かなかった!と思ったら、もう一回やりたくなるでしょ。それで、さっきよりも強いパンチができたら、なぜか無性に嬉しいでしょ。別に、それがお金になるわけでもないし、多くの人がパンチ力が必要な世界に生きているわけでもないのに。われらは、持っている力を目に見える形で発揮すると、ただ無性に嬉しいのだ。
だから、気が小さいものなりに、心を燃やして修練に励もう。気を大きくしようったってそうはいかないから、小さいなりに。自分にとってはヒヤヒヤする状況でも、その中で集中する練習をしていこう。それで、成長できたらホクホクしよう。毎日の投稿が、娯楽だし喜びだけれども、自分にとってのよき修行でもあると思う。
だから、書け!!この話はこれでおしまいだな!!
(鬼滅の刃『無限列車編』参照)
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※この物語の人物名は架空のものであり、物語の詳細もフィクションです
筆者の記憶をもとに、そこからインスピレーションを得て書いています
穂苅さんは、ソファの背もたれに片腕を乗せたまま、ちょっと肩をすくめてみせた。彼だって、ぶっ飛んだ話をしているという自覚があるのだ。わたしには、彼が肩をすくめたのは彼自身が正気だとアピールするためではなく、こちらを安心させるためにしてくれたことだというのがわかった。彼には相変わらず、自分の手持ちのもので相手が楽しんでくれるならそれに越したことはない、というような、ベッド型の浮き輪で水のうえをゆうゆうと漂っているかのごとき余裕があった。
穂苅さんの背は175センチほどだと思うが、その大きな肩や背中が、彼自身のその余裕によってさらに広く大きく見えた。濃いグレーのシャツの腕を肘のあたりまで折ってまくっていて、手首には腕時計が見えている。穂苅さんの手は男らしくゴツゴツとしていて、葉巻とかバーボンとかアルファロメオの車の鍵とか、そういうものを持たせたら似合う気がした。そんな穂苅さんが肩をすくめると、逆に彼の男性らしさが浮き彫りになった。
ここでわたしも、血眼で「それでどうなったんですか!!」と話の続きを迫ってしまっては、彼を困らせてしまう。すっかりこの話に洗脳されて周りが見えなくなっている人のように見える。わたしは、こちらもあくまでも奇天烈な話を聴いているとわかっていて、それを楽しんでいますよ、と伝えたくて、胸で両腕を組んで「むぅん、たしかに、話がおかしくなってきましたね」と笑顔で言った。ちょっとふざけた態度をとったのは、穂苅さんのことが素敵に見えてきてしまっていることを、ごまかしたい心理のためだった。
「ちょっと元気になったね。変な話が薬になるといいけど」
「はい、おかげさまでだいぶいいです」
そう言って、しまったと思った。それならばもう不要だと考えて、穂苅さんが話をやめてしまうかも知れない。わたしはフライングして、「あの、お話の続きは聴きたいんですけど!」と言った。あら、そう?と言って、穂苅さんは背もたれから起き上がりながら、腕時計を外した。
そのまま彼はその腕時計をテレビのそばの小物入れにポロンと入れて、シャツの首下のボタンをふたつ外しながら戻ってきて、「女の子のリクエストならば、お安いご用ですとも」と、こだわりのない様子で言って、もとのソファに座った。穂苅さんの首を初めて見た。話のせいもあって、わたしは「生きている」と思った。
彼はいちいちの行動が魅力的だった。そしてその魅力は、彼の話を裏付ける証拠に見えるのだ。彼の話がほんとうだから、彼にはこの独特の余裕がある。この余裕があるから、彼は魅力的なのだ。わたしは、だからといって彼のお話をまるごと盲信してはならないと抵抗していた。それほど惹きつけてやまないものが穂苅さんにはあった。哀愁とも違う、強そうだというのとも違う、覚悟があるというのとも違う、なにかをわかりきっているような脱力感が彼にはあった。それに引っ張られたら、きっとしっかりしていない自分は、あっという間にどこかが堕落してしまうような気がした。
わたしは先程まで口を覆っていたタオルを手にぎゅっと握って、じっと動かずに話を待っていた。彼はそれを見てフッと笑って、「変な話を聴いていて頭が痛くなったら、遠慮なく言ってくださいな。俺がその場で穂苅さんを黙らせてあげるから」と二の腕をパシっと叩いて冗談を言い、また話を始めてくれた。
「その、死んだあとの俺がね。自分のいるのが、自分の思ったものがなんでも出てくる世界だってことがわかるまで、しばらく時間がかかってしまったわけなんだけどさ。どうしてだと思う?フン…こうなってくるとなぞなぞを解く時間になっちゃうね」
彼はわたしの答えを期待していなかったようで、間を置かずに自分の胸を親指で示しながらこう言った。
「俺はこの人のことを、あまり頭が良くないと思っているから、だよ」
あ!と、声が出てしまった。
そうか、思ったものが、なんでも出てくる、から…!!
でも、そんなことまで!!
「でももうそれだと、思ったものがなんでも出てくるというか、思ったものしかない世界って感じですよね…?!」
「おっ、あなたには、死んでいる才能がおありのようだ」
死んでいる才能?!どういう意味?というか、どういう発想だろうそれは?!死んで、いる…死んだのに、”居る”…わからない…これは簡単にわかるようなことではないのかも知れない。でも、このなぞなぞのような要素がこの話に信憑性をもたらして、こちらの先を知りたいという気持ちにますます火をつけた。
「俺が思ったものを見ていると認めたのは、子どものころに閻魔様に舌を抜かれるというのが怖かったんだけど、それを思い出したら閻魔様が出てきたからなんだわ。それがもう、すごい迫力でね。死んでるのに、死ぬかと思ったよ」
ふふっ、と鼻で笑って、穂苅さんは続けた。
「子どものころの想像そのものだったのよ。ものすごく大きくて、真っ赤っ赤でね。もちろんこれは、俺の想像上の閻魔様、ね。子どものころに見た絵本にあったイメージなんでしょう。それで、それを見たときに、子どもの頃の感覚をありありと思い出したんだ。そしたら、あ…そうだ、なぞなぞにしようか。そのとき、俺の姿はどうなっていたと思いますか」
「そのまんま、穂苅さんが、子どもに戻っていた、とか…?」
「そのとおり」
彼はそう言いながら、口を真一文字に引き絞って、わたしを指差した。
「大抵の人は、死んで、心に浮かぶ人が思いのままに出現したりするうちに、だんだんどうでも良くなって忘れてきてしまう。忘れてくるから、ちゃんと忘れた通り、本当にその人にはこの世が現れなくなる。でもまた人間になりたいと思うんだよ。自分が死んで前の人生はやり直しがきかないと思っていて興味が薄れてしまうから、そのとおりに自分の姿も消えてくる。でもそのやり残しの大事なところだけは、強く思いに残っているからね」
彼は話しながら首を傾げていた。冬なのにアイスコーヒーを飲んでいて、そのガラスのコップは汗をかいていた。そのグラスの汗をそっと撫でおろしながら、穂苅さんはグラスの中に遠い遠い夕焼けを見ているような顔をしていた。そして気を取り直したようにこちらを向いてこう言った。
「やり残しをなんとかしたいという思いがあると、もちろんそのやり残しをなんとかする状況がそのまま出現するんだよ。それに必要なものも、ぜんぶそろって出現する。身体とかね、命とかね、必要な環境も、もろもろ他のこともぜんぶ」
やり残しも、出現する…?身体とか、命とか?!ってことは、生きるの?それとも、それは死んだままでやるの??それも、思いのままが現れたということなの?今度はわたしに、背中がゾッとするのとは違う、広大な草原に風が吹いたかのようなざわめきが鳥肌となって足元から這い上がってきた。その風はザアアーッとわたしのみぞおちまで上がってきて、わたしの顔をこわばらせた。死の話をしていた。死後の話を。死んだあとには、思いがそのまま現れる世界に行くという話を。でもここで、そこに生の話が交わりはじめた。そして胸を這い上がってきたざわめきが首元にまで迫ったときに、わたしははたと気がついた。待てよ。わからない。わたしはわからなくなっている。それならば、わたしが今見ているものはなに?わたしは生きているの?死後の世界で、身体や命が出現しただけ?本当に生きているの?それが本当の命や身体なのか、そうじゃないのかって、どうやって見分けるの?死んだ穂苅さんが、今ここでわたしといるのはなぜ?!
この話は普通じゃない。わかっていたことだった気はするけれど、こんなにも揺さぶられるとは思ってもみなかった。わたしはちょっとしたパニックに襲われた。わたしは手に握っていたタオルで、また口元を覆った。穂苅さんが微笑んでいる。この人は何者なのだろう。わたしの目の前にいる人は、常人の知らないなにかを知っている。穂苅さんが生きている理由が知りたい。わたしはこの先の話を聴かなくてはならない。なにがなんでも。
ーつづくー