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994/1096 誰も信じない話③
吾輩は怠け者である。しかしこの怠け者は、毎日何かを継続できる自分になりたいと夢見てしまった。夢見てしまったからには、己の夢を叶えようと決めた。3年間・1096日の毎日投稿を自分に誓って、今日で994日。
※本題の前に、まずは怠け者が『毎日投稿』に挑戦するにあたっての日々の心境をレポートしています。その下の点線以下が本日の話題です
994日目。世界が悪くなっていると考えるのは簡単だ。疑い、恨み、呪うほうが簡単だ。誰に教わらなくても、誰でもできる。いちばん飛びつきやすいのは、誰かを何かを、悪く思うことだ。外側に悪者を用意すると、自分はたちまち善人だ。
それに慣れてしまっている人にとっては、人や世界を、信じるほうが難しい。わたしは以前、食品添加物もプラスチックも農薬も化学繊維も、工場もファストフードも、政治も他国も自国も原子力発電所も否定していた。盲目的に呪っていた。真っ先に飛びついて信頼し、鋼の意志で崇拝できるのは陰謀論だけだった。ほらやっぱりね!!世界はひどいところだ、人間は悪い生き物だ!と思うのは、自分の心の穴をごまかすのにいちばん簡単な方法だった。なにかを簡単に盲信してしまう状態だった。
当時のわたしが最も信じていなかったもの、それは自分自身だ。
それがそっくりそのまま、その人の世界の見方になる。
わたしは世界や人を、無条件に信じている。疑いがない。だからもはや、信じてもいない。わたしたちがなにかを信じ切ったとき、信じるという概念が落ちる。大丈夫でしかないところにいて、なにをわざわざ信じるというのだろう。疑うものがなくては信じることもできない。わたしは世界をこれで完璧だと思う。良い、ではなくて、完璧だと思う。
わたしたちはのびのびと生きよう。
どんな縛りがあってものびのびと。
わたしは壇珠さんで、これは変えられない。
今日の投稿は994日目で、これを1000日目にしたりはできない。
そんなことはお構いなしに、この縛りのまま、自由でいよう!!
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※この物語の人物名は架空のものであり、物語の詳細もフィクションです。わたしの記憶をもとに、そこからインスピレーションを得て書いています。
起き上がってみると、自分がいかに弱っているのかがわかった。身体が、泥酔して遊んだ徹夜明けのように、身体の元気を消費しきってヘトヘトに疲れている。首まわりの筋肉がグダグダで、自分の頭がこんなにも重いことに驚いた。腕も脚も、重労働をしたあとのように疲弊しており、上半身を支えようとしたら、腕がブルブルと震えた。お腹が空いているのかどうかもわからなかった。
「起きて大丈夫なのかい」と言われて、わたしはまともにお詫びもしていなかったことに気がついて、慌てて言った。「すみません、お忙しい時期なのに、すっかりお世話になってしまって。横になってばかりいるのも辛くなってきたので、少し起き上がってみます」口調と、自分の身体の動きの速さがちぐはぐだ。
穂苅さんは「いいえ、とんでもない」と言って唇を内側に仕舞うようにして口元をニッコリとさせた。そこでわたしははじめて気がついた。人の顔は、水平に見てみるといつもとの違いに気がつきやすいものなのだろうか。彼の顔には、薄っすらと無精髭が伸びていた。自宅で看病をしていただいたために違いない。ますます申し訳ない気持ちになった。
わたしの目線に気がついたのか、彼は「ごめんね、無精で」と言って口の周りを手でさすった。わたしはいえいえ、と手を左右に振って、「穂苅さんは生きているんですね」と言ってみた。
「はは、そう。生きてる。」
わたしはそのとき、彼が靴を履いていない姿を見たのも初めてだということにも気がついた。当たり前だけれど、ミステリアスな穂苅さんも、普通に生活をして生きているんだな。
彼はもしかしたら、喧嘩で怪我をして、意識を失っているあいだに夢を見て、それを現実に起こったことだと信じているのかも知れない。けれどもわたしは話の続きが気になって仕方がなかった。少なくとも、彼が危ない人なのだとは感じなかった。
「それで、その後どうされたんですか」
「死んだあとね。そうねえ、どう”した”のか、かあ…」
穂苅さんは、フーンと鼻から息を吐いて、無精髭をさすりながら考えている。当たり前に聴いてしまったけれども、おかしな質問をしてしまったのだろうか。
「俺がまず気になったのが、俺と喧嘩していたやつがどこに行ったのかってことだったのよ。そのときはまだ、殴り合っていたときの興奮が続いていたからね。それで、それを思ったら、もうその瞬間にそいつのそばにいてさ」
これだ。まただ。こんな話はこれまでにもいくらだって読み聞きしたことがある。なのに怖い。怖いというのか、全身から根拠のない怖れが湧いてくる。とくに怖い怪談話をしているわけでもないのに、身体がなにかを拒絶している。穂苅さんそのものに対してではない。では、何に対してなのだろう。穂苅さんの話なのだろうか。いや、違う。そうではない。自分がこれまで死というものを身近に感じてこなかったことが、ありありとわかるのだ。そしてそれは目を背けられるものではないことがわかる。彼の話は、今まさにわたしがそれを見るために目の前に用意された、のぞき穴なのだ…
死についての、生々しいレポートを聴いている。それはまさに、背中にずっとなにかが張りついている感じがあって、それをあえて気に留めずに無視しているときに、自分の背後から近づいた人が「キャア!ねえ、あなた、背中に…!」と言って、目を見開いて片手を口に当てて、もう一方の手で自分の背中を恐る恐る指差している人がいるときと同じようなものだった。なになになになになんなの!!背中になにがあるの!!というあの、狂ったように動いてでもそれを直視したいという衝動。知るもなにも今すぐに排除したいという拒絶反応。正体を知らないからこその強烈な恐れ。わたしが感じている恐れはそれだった。わたしたちには、いつもなにかがくっついている。ほら、そこ、それ…目を開けて見てごらんよ…
「その喧嘩相手がさ、捕まるんじゃないかって心配して、半べそかいててめぇの母ちゃんに電話しててね。それを見て興冷めしちゃったよ。闘争心なんかどっかに行っちゃって、俺は馬鹿なことで死んだもんだなって。そのとき俺も、自分の母親が気になったんだ。それで…うん、ここから話がおかしくなってくるよ」
穂苅さんは、一人がけのソファに座っていて、いつも会社で見せるような、穂苅さんらしいいたずらっぽい笑顔を作った。話していることは奇妙だけれども、穂苅さんはいつもの穂苅さんだ。わたしは手に持ったタオルで口元を覆ったまま話を聴いていた。口元を覆うと安心感が増す。それを外すと、自分をむき出しにして外界にさらしてしまうような心細さがあった。
「喧嘩していたやつを思ったらそいつのところにいたのと同じで、母親のことを思ったら、もう母親のところにいてね。でも面白いのが、俺は自分の母親がどこに住んでいるのか、今はどんな姿をしているのかを知らなかったんだよね。俺が子どもの頃から会っていないから。俺が死んだのは夏だったんだけどさ。母親は縁側に座って、桶に入れた水に足を入れて涼んでいて、うっとり、女性らしい、優しい顔しててね。ふわふわと光も覆っていて、良いものに見えたな。なんというのかね、母親らしい、母親像っていうのかな」
ふわふわと、というときに、穂苅さんは両手で綿飴を抱えているみたいなジェスチャーをつけた。そこに和みながらも、どこから話がおかしくなるのか、わたしはそれを見逃さないようにと集中して聴いていた。口元に握りしめているタオルの洗濯の香りが、とても頼りになる。今の所、おかしなところはない。
「でもほら、俺そのあと思い出しちゃってね。母親が出ていったときのこと。夜に喧嘩をおっぱじめて、親父の顔を爪で引っ掻いて血だらけにしてね。なかなかひどかったのよ。それでその血が飛んだわけじゃないのに、なんでかあの人も自分の顔にも血をつけて、狂った猫みたいにギャアギャア泣き叫んで、通帳とか服とかを小さいスーツケースに詰め込んで、嵐みたいに出ていったからさ」
わたしは固唾を飲んで聴いていた。いや、唾を飲むことすら忘れていた。穂苅さんが一旦ちょっと話を止めたため、急に自分の肩がガチガチになっていることがわかった。わたしは肩を上下に動かして、緊張を解こうとした。
「あ、ごめんね。怖いよねえ」
彼は、ちょっと自分に呆れたようにそう言った。でも、これまで白熱して話していたせいでわたしに気を使えなかったという感じではなかった。穂苅さんには”どうでもいい”というような、諦めきっているような余裕があった。
「いえ、大丈夫です」
わたしは、つらい経験でしたね、と、続けなかった。彼の余裕を見ていると、それが余計なことだという気がしたからだ。
「俺はなんとも思っていないからサラッと話しちゃうんだけど。心配しないで聴いてね。あなたが飽きていなければ」
「飽きていません!ドキドキしながら聴いてます」
わたしはそう言って、自然とタオルを口元から離した。あなたが、という言い方が、いかにも穂苅さんらしい。わたしはリラックスしはじめていた。怖さはあるが、だんだん自分の腹の据わってくるのを感じていた。穂苅さんに安心し始めていた。
「その、ギャアギャアやって出ていったときことを思い出したら、今度はあろうことか、包丁でイライラして魚の頭をぶった切ってる母親が見えてね。驚いたなあの時は。あのふわふわなんか消えちゃっていて、すごい形相なんだもの。それにその母親からは、ちょうどそのソファみたいなねずみ色の、嫌~な感じのする煙みたいなものが出ていて、怖いのなんのって」
汗が引いてきて、少し寒い。しっかりしろ、わたし。まず、わたしの判断が遅れているのだろうか。どういうことなのだろう。彼の思いがそのまま、彼の目の前に現れている、ということなのだろうか。それならば、彼は本当に彼のお母さんを見に行っていたのだろうか。そもそも、どう見れば本当のお母さんを見たことになるのかな。そこまで考えたら頭が変になっちゃいそうだ。一体彼は、なにを言わんとしているのだろう。
「あれからいろんなところに行って、いろんなものを見たんだけど、ひとつわかったことは、死んでから俺が見ているのは、俺の見たいものだけだということだよ。たとえばさ、ハハハ。おかしいだろうけれど、地獄もあったよ。興味を持ったらそこにいるというわけ。俺は自分が地獄に落ちてもおかしくないと思っていたから、それに見合うだけのあいだ、しばらくそこにいる羽目になってね。参ったよ。もちろん天国もあってさ。あると思えば、ある。天国に行っても許されるという気がしたら、ただそれが現れる、というだけだけどね」
目の前にいる生きた人が、地獄に行ってきた、天国に行ってきたと話している。どう考えても、狂人の戯言だ。しかし、目の前の彼から漂ってくる雰囲気が、わたしのその理性による判断を、一発で斬り捨てててしまう。これを話しながら、彼は話し終わりにこちらに向かってウインクをしかねないほどの余裕を持っていたのだ。目の前に出された食べ物から、甘いバニラの香りが漂ってくる。けれども見た目には激辛トムヤムクンだった。わたしは見た目に騙されまいと思った。彼から漂うもののほうが信じるべきものという気がした。
わたしにこの話しの核はつかめていない。けれども、これこそがまさに、彼の日頃から持っている不思議な貫禄や飄々とした余裕なのだということだけはわかった。穂苅さんは、この死の体験をもって生きている。それが真実なのかどうかは置いておいて、それとともにある人だということは間違いがない。
けれども、では一体、彼が今生きているということについてはどう説明がつくというのだろう。きっとそれが、この話の核なんだ。彼が、誰も信じない話だという理由は、きっとそこにあるのではないだろうか。
口に当てていたタオルを、わたしは両手で握りしめた。きっとこの話は自分の人生観に少なからず影響があるに違いない。そう思った。そしてその予感は、のちに見事に的中したのであった。
ーつづくー
それではまた、明日ね!
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![菅 美智恵 (壇珠-たんじゅ-)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/10351719/profile_73e6404d6adbe5b2d720f8b81279b983.jpg?width=600&crop=1:1,smart)