晴れの日はたまに思い出す。あの木の影のゆらめきを。
築30年を超えるこのアパートに住んでからもう5年になる。
我が家は二面採光の角部屋だ。窓は南と西にある。その窓は腰高からはじまって、大人ひとり外に出られるくらいの高さがある。南側は片開き窓が2枚と、片開き3枚分くらいの大きさのはめ殺し窓。西側は片開き窓1枚に片開き2枚分くらいのはめ殺し窓。南側は幅広だから、一般規格サイズのカーテンは幅が足りていない。
南側はすぐ近くに建物があって光は通さないが、西側は隣家の広い庭があって、昼過ぎから夕暮れ時まで日差しがしっかり入る。
西側の庭には、大きな木があった。
木の枝は窓によくぶつかった。風が強い日は、サワサワと木の葉が擦れる音がした。葉っぱの影が室内に映り込んでユラユラ揺れた。雨のあとに晴れた日は、葉に残る水滴に光が反射してキラキラしていた。
私は昼間、家にいるとき、たまに床に寝転がって、光と影の揺らぎに密かに魅入っていた。その間は何をすることもなかった。ただ揺れる影を見つめるだけの時間だった。
独立洗面台はないし、虫はしょっちゅう出るし、冬はトイレの水が凍るくらい寒いけど、吹き抜けと広いロフトがあって、オーナーさんの趣味の良さを感じられる姿見やコート掛けやペンダントライトがあって、日当たりがよく大きな木があるこの部屋を、割と気に入っていた。
休日、機械で木材を切るような大きい音に起こされた。
広い庭で隣家の住人がDIYでもしているんだろうと思った。音に起こされたことが腹立たしく不愉快だった。二度寝しようにも音のせいで寝られないからその日は諦めて起きた。
明くる日も、そのまた明くる日も、木を削るような音は続いた。
しばらくたったある日、日の光がいつもより家に入っていることに気が付いて、窓の外をなんとなく眺めた。
あの木はすっかりなくなって、切り株だけになっていた。
隣家には看板がつけられ、高齢者施設になっていた。家を売る際か、オーナーが買った際に、木を倒したんだろうと思った。
あの木は確実に今いる家の敷地に越境していた。世間は越境に優しくない。塀や落葉が自分の敷地に入ってくるのを不快に思う人は多い。
あの木は確かに私の家の窓に触れていた。木から虫が伝ってきた日もあった。枝が窓にあたり音を立てる夜もあった。
木を倒してくれたのは、隣家の方の心配りなんだろうと思う。今後のトラブルを避けるためにも、タイミング的には間違いなかった。
大きな木がなくなって知ったのは、奥に3mくらいのモミジがあること。
今日、私が窓を見上げると、春から夏に向かっていくこの季節、時期外れの狂い咲きか、モミジは真っ赤に紅葉してた。魔法みたいでとっても素敵。
でも私、あの木、好きだったよ。
今まで、本当にありがとう。