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16歳の北海道一周旅行記 #7 絶景バスと日本最北端編

旭川の朝

 前回#6に引き続き、旭川の朝から1日が始まる。眠い目をこすりながら2泊3日を過ごしすっかり慣れ親しんだ、独房みたいな見た目のビジホの部屋をチェックアウトし外に出ると、北海道特有の涼しく、"北海道的"としか形容し難い匂いの空気が目を覚ましてくれる。北の大地ににいることを実感させてくれるこの瞬間が好きだ。
 もう3日目になる旭川の街では、もう土地勘を多少身につけたようで、グーグルマップを見なくても駅まで辿り着くことができる。今日の「出発駅」たる旭川駅の荘厳な建築を見上げると、今日行く予定の場所への期待が高まる。
 名残り惜しむように朝の旭川市街を徘徊し、駅前のモスバーガーの開店を待って開店と同時に突入、見事チーズバーガーを手にすることができた。食べ終わると時刻は8時半。そろそろだ。相棒のリュックを背負って旭川駅のホームに上がる。
 10数分待つと、爆音を立てながら列車が滑り込んできた。特急宗谷、稚内行き。僕は今からこいつに乗り、日本最北端へと向かう。端っこ大好き人間として、ずっと憧れていたその場所に、今日辿り着くことができることを考えると、ワクワクが止まらない。午前9時ちょうど、僕の乗り込んだ列車はゆっくりと動き出した。

北へ向かう車窓

 旭川駅を出るとすぐに、列車は左へ車体を傾け、北に頭を向ける。この瞬間、僕はマジで一種の感動を覚えた。新旭川駅で石北線と別れ、石狩川を渡るともう旭川の市街は流石に尽き、ラッパの音色駅名選手権堂々一位の比布駅(ピップ駅)をすぎると、そこは塩狩峠だ。昨日の夕方、行こうか迷ったものの、二の足を踏み結局行かなかった駅。非情にも高速で通過したが、小説で読んだままの風景がそこにあると考えるとしんみりするものがあった。
 塩狩峠を越えると、石狩川と上川盆地はさようなら、今度は天塩川とその支流の流域に広がる名寄盆地に投げ出される。最初の停車駅は、和寒駅である。

「わっ、寒!」

 名寄盆地は北見山地と天塩山地に囲まれた盆地である。とは言ってもどちらも標高1000m程度と地味である。士別、名寄と駅に止まり、名寄からは道北の母なる川、天塩川と並走する。音威子府、天塩中川に止まり、冷帯湿潤気候の森林を縫うように走る。幌延町のあたりで、北緯45度を超えた。お米大好き日本人も流石にここまで来ると稲作への執着を捨てる、というか諦めざるを得ないようで、畑や牧草地が広がり、ホルスタインが我が物顔で闊歩している。既に赤道よりも北極点が近くなっている。それほど北にやって来たのだ。遮る山がなくなったので、利尻富士がよく見える。

利尻富士

 標高1721m、宗谷総合振興局で最も高い山だ。海を挟んでいながらも、この地域のシンボル的存在として君臨している。今回の旅行では利尻・礼文島に行く予定は無いが、近いうちに行ってみたいものである。
 日本最北の温泉がある豊富町に入ると、左手には利尻礼文サロベツ国立公園が広がる。人間の匂いは少なく、ただ列車だけが涼しい空気を切って進む。景色は、ありきたりな言葉を使えばとても日本離れしている。気候の違いはここまで景色に差を生むのか。本州、いや札幌近郊でさえも見ることのできない広大なサロベツ原野の雄大な風景に、家への距離を考える。
 抜海駅を通過すると、左手に海が見える。日本海だ。未開の原野の向こうに、青々と水を湛えた日本海が見えた。思えば、僕にとっては2月に山口県は下関に行って以来の日本海である。こうしてみると、日本海はとてつもなく広い。

日本海

 さて、海が見なくなると、もうすぐ稚内の市街地である。名寄以来2時間半ぶりの人口集中地区だ。

稚内・そして最北へ

 南稚内駅の手前から、住宅が目立つようになる。日本国の実効支配領域の最北に位置する、人口3万人強、稚内市である。急に訪れた都会からは、人間の逞しさを感じとれる。高架橋をくぐり、陸橋で国道を越えると、ちっぽけなホームに滑り込む。日本最北の駅にしてこの列車の終点、稚内駅である

稚内駅
稚内駅
稚内駅
真夏長袖大活躍

 稚内駅前を見て周る。日本の道路標識には、日本語に加えて英語が併記されるのが普通であるが、稚内ではロシア語が加えて記されている。それもそのはず、ロシアが実効支配するサハリン島までここから50km強、首都東京より、というか僕の昨夜の宿があった旭川よりロシアの方が近いのである。
 稚内駅の中にある販売所でバスの切符を買う。宗谷岬までの往復だ。バスは間もなくの発車である。駅前を少し歩いてから、小田急バスみたいな見た目の宗谷バスの路線バスに乗る。
 車の行き交う国道40号線から外れ、238号線を爆走していく。声問の漁村を抜け、稚内空港の横を過ぎるあたりから民家は限りなく少なくなり、左には宗谷湾を臨むようになる。

宗谷バス
左に宗谷湾

 メグマ浜が延々続く。増幌川を橋で越えると、もうすぐ富磯の漁港である。国道沿いに漁師さんの家が真っ直ぐ立ち並んでいる。富磯漁港を過ぎると砂浜は終わり、いよいよ宗谷丘陵を右に、左に宗谷湾と挟まれた区間に入る。漁港をいくつか通り過ぎると、遂にバスの案内板に「宗谷岬」の文字が現れた。

次は、宗谷岬

 割とあっさり着いてしまった。しかし、「日本最北端」の地は威厳を持ってそこにある。南北3000kmに及ぶ日本国の実効支配領域の最北端に到達した。(実際には宗谷岬の西に弁天島という島がありここが最北だが行くことができないためノーカウント)

宗谷岬

 「宗谷岬〜宗谷岬〜」運転手の気の抜けた声が響く。乗客の大半はそこで降り、僕もその流れに乗って降りる。ずっと来たかった憧れの場所に、足跡をつける。

運んでくれてありがとう

 もちろんここは日本最北端のバス停である。そして周りにはたくさんの「日本最北端」が。
日本最北端の自販機や日本最北端の土産屋、レストラン…   そして宗谷岬の先端の柵に手を乗せた瞬間、僕が日本最北の人間になった。(厳密に言うと違うかもしれないが、でもいいじゃないか、そう思わせてくれよ)

宗谷岬

 出会いもあった。宗谷岬の主のような面をしてる太った猫は、持ち前の愛嬌だけを武器に宗谷岬の売店から魚の切り身を貰っていた。食べ物をくれた人間、そして写真を撮ろうとした僕には興味を示さず、ふてぶてしい顔でフェンスを超え、宗谷岬の先端、海際の草むらへと潜って行った。なんてやつだ。今この瞬間、あの猫は日本の全てを見渡す最北端にいるのだ。人間が近づこうなど畏れ多かったのだ

稚内、そして南へ

 さて、宗谷岬の滞在はここまでだ。なんせここは日本の最果て。観光地といえど、次のバスを逃すと旅程が音を立てて崩れる。
 バスに乗り、宗谷岬を背にする。来た道を1時間ほど戻り、降りたのは稚内市内のなんてことないバス停だ。少し歩くと、彼はいた。

 日本最北のマクドナルド。そこに座る日本最北のピエロ。何十年も前にアメリカで生まれたファストフード文化は、極東の国日本の、最北端の街まで勢力を拡大している。
 無事に腹も満たせたら、稚内の駅へ国道40号線を歩いて行く。8月とは思えない気温の中なら、太陽の下を歩いてもとっても快適である。こういう思いをすると尚更、東京の夏が嫌になる。
 途中、稚内市樺太資料館に寄り道した。

樺太の国境碑のレプリカ

 興味深い展示が多くあり、特急の発車まで時間を潰した。
 資料館を後にして向かうのは稚内港北防波堤ドーム。なんでも戦前、樺太に向けて船が出ていた場所らしいが、浪漫があるじゃ無いか。大好物だ。

稚内港北防波堤ドーム

 ドームに囲まれて昼間ながら薄暗い空間は目を凝らしても終わりが見えないほど長く、ありし日の繁栄が浮かぶ。というか波がすぐ側だが見えないところで大きな音を立てるので怖い。

鹿ちゃん

 隣の稚内公園には当たり前のように鹿が彷徨いている。かなり野生に近いらしく、日本最北のマダムが引き連れていたちっちゃいチワワに怯えて逃げていた。野生というのはこうでなくてはならない。奈良の憎き神の使いも見習ってほしいものだ。

 鹿の写真を撮っていたら特急の時間が来た。お土産コーナーでとうきび茶とお菓子を買う。北海道旅行ではとうきび茶。僕の旅行記が完結するまでに、これだけは覚えていただきたい。

 稚内駅で、2枚目の本土四極到達証明書をもらう。一昨日もらったやつと並べると、凄い達成感だ。でもどうやら2枚足りない様子。これはコンプリート欲が出てくる。
 特急に乗り込み、来た道を帰る。今日の目的地札幌までは5時間以上。いくら椅子の座り心地が良くても、普通に暇でしょうがないの上、外も暗いので寝ることにした。目を閉じて、暗闇の中。すっかり日も暮れて夜の帳が下りた未開の原野、北の大地をの中、この列車だけが音を立てて進んでいく。頭上にはおそらく満点の星空。まるで宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の世界である。列車は南を目指し、走り続ける。

札幌

 次に僕が目を覚ましたのは旭川駅。札幌まではもう少しである。
 札幌は、日本で第5位の人口を誇る、世界でも有数の都市である。その人口は195万、紛れもない北海道の首府だ。滝川、岩見沢とドアを開けながら、江別に着く頃にはもうあたり一面住宅街である。白石で新千歳空港から来た千歳線と合流すると、周りにはビルが立ち並ぶ。こんなに多くの高層建築物は、本旅行でも東京を夜行バスで発って以来。人間の凄まじさ、バイタリティのようなものをいきいきと感じる。
稚内を経って5時間半、ついに札幌駅のホームに滑り込んだ。

 北海道一周一人旅も6日目、満を持して札幌に到着である。しかし、時刻はもう午後11時近く。ホテルに直行し、たくさん買い込んだテイクアウトの夕飯やコンビニのアイスで一人夜会を開く。その後は風呂と歯磨きを済ませ、床に着く。思えば今日の移動距離はすごかった。どっと出た疲れに潰されるように寝てしまった。

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