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【ショートショート】マレビト〜異形の神
山手線の田町駅から乗ってきた青年は、銀色の髪をしていた。普段なら、他人の耳の形に気をとめないのと同じくらい、髪の色になど関心はないのだが、その青年の髪は違った。異次元から来たかのように、艶をたたえ、光を放っていたのだ。
私が数秒間見つめているうちに、目が合ってしまった。彼は口の端にうっすら笑みを浮かべて、私の方へやって来た。隣の空いていた席に座ると、こう言った。
How can I get to Meiji Shrine? ( 明治神宮へはどう行ったらいいですか)
ああ、外国人なのか。明治神宮に行きたいんだな。私は原宿で降りるよう伝えた。電車が原宿に着いた時、彼は、
Thanks. Have a nice one! ( ありがとう。良い一日を!)
と言って降りて行った。彼が行ってしまった後で、座席に忘れ物があることに気づいた。木の枝だった。彼のものか、最初からそこにあったのかわからないので、特に追いかけて渡そうという気にはならなかった。所詮、ただの木の枝。ゴミみたいなもんだ。
それが、サカキという木の枝で、神棚に供えてあるあれだということは、後になって知るのだが。
新宿駅で電車を降りる時に、私は木の枝を手に取った。ゴミ箱に捨てようと思った。しかし、いざ捨てようとしても手に付いて離れない。どんなに引っ張っても、振り払っても、枝は私の右手とひと繋がりになっていた。諦めて歩いているうちに、私は身体中に異変が起きつつあるのを感じた。血液が入れ替わり、眼球が入れ替わり、爪が生え替わり、全ての臓器が入れ替わって別の人間になっていくかのように思えた。目に映る景色がやけに眩しく感じる。ふと気づくと、私の髪はさっきの青年と同じ、銀色になっていた。目眩がする。気がおかしくなったのか、夢でも見ているのか。立ち尽くしていると、目の前に青年がいた。
Give it back to me. ( 返してください )
と言って私の右手の先を指さした。返せるものなら返したいが、どうすればいいんだ。くっ付いてしまっているんだ。青年が私の右手に触れると、枝はすっと離れた。青年は
ワタシハ、マレビト。
コレハ、ヨリシロ。
ココニ カミノ spiritガ ヤッテキマス。
と言って、枝を持ち上げた。
つまり、一瞬ではあったが私の身に起こったことは…… 私の指先で、依代(ヨリシロ)の枝に神が宿ったというのか!
私の髪はあっという間に元の色に戻り、マレビト、と名のった青年は消えた。