え?その顔でデリヘル嬢?「チェンジ」と私が言われる理由
そのお客さんは私に言った。
「チェンジ」
私はすごすごと部屋の扉から下がって、お店に電話する。
「……あ、はい。そうです。あとよろしくお願い致します」
私は通話を切ると、サングラスをかけて、夜のマンションを後にした。
――この世界の全ての男たちは魔法が使える。チェンジだ。
チェンジと言われたら最後、私は帰らないといけない。シンデレラだ。
だが夜の12時でもないし、ガラスの靴もないし、カボチャの馬車もない。
ああ、売上が立たない。どうしよう。今月ピンチかも。
私は『トキメキ!ラブラブハイスクール』に戻ると、待機に入った。
売れない。とにかく売れない。
今日は二度目のチェンジだ。心が折れる。
店を変えるか。登録している店をスマホで見た。
『Go!Go!行け行けパラダイス』のHPを見た。
AIで作成したような不自然な若い女の顔が並ぶ。加工だ。
全員、似たような顔をしている。色しか違いがない。
自分の顔を確認した。似ても似つかない。誰だ?こいつ?
お店のページからログインして、待機状態に変えた。
系列が異なるお店で、二重営業は業界的に禁じられている。
だがどうせ声がかかる確率は低いのだ。網を張るしかない。
サングラスをかけ、加熱式タバコを吸いながら、じりじりしていた。
ダメだ。声がかかる気がしない。私は殆どリピーターがいない。
初見さんの半分以上が、私の顔を見た瞬間、チェンジと言う。
残り半分は私を買ってくれるが、二度とリピートしない。
ごくまれに、リピートするお客さんがいるが、それは変態だ。
なぜか私の頭にスーパーの紙袋とか被せて、後ろからやる。
意味が分からない。そんなに私の顔を見たくないのか。
身体には自信がある。多分、身体だけなら、誰にも負けない。
だからこの道を選んだ。この道しか選べなかったというのが実情だが。
普通に働くとか無理だった。高校でもヤバかった。
適応障害?を起こしていた。男からもメンヘラとか言われた。
数年前、辛うじて卒業できたが、仕事がなくて、このざまだ。
だがどこまで行っても、偏差値というものはついて回る。
私の顔面偏差値は低い。整形しろと言われるが、お金がない。
これが、え?その顔でデリヘル嬢?「チェンジ」と私が言われる理由だ。
それにしてもお金がない。今月の家賃どうすんだ?
大家さんが私の身体で払えと言うなら、喜んで払ってやる。
というか、そうしてくれ。マジで頼む。
売れない娼婦というのは、世界で最も謎な存在だ。
存在意義が問われる。なぜ神様は私を造った?とさえ思う。
顔というものは、本当に重要だと思う。
その人のイメージがそこに集まっている。神様だって顔だ。
だけど、顔がダメだと、ここまで断られると思わなかった。
やっている時、いちいち顔なんか見ないだろう。
お金払って夢を見るのに、私の顔で台無しになるなら、買わないか。
チェンジ。これほど恐ろしい魔法はない。全ての男たちが使える。
何で私はチェンジされる?その逆は存在しないのか?女は楽じゃない。
スマホで登録しているお店のHPを色々見た。ある種の地獄だ。
顔面加工系、顔面ぼかし系、マスク系、アニメイラスト系などある。
アニメイラスト系はやった事がある。アニメ声、妹声も得意だ。
私は絵が描けるので、自分でアニメ顔を描いて、自分を売った。
一時的に声がかかったが、じきにそれも止んだ。
私を買ったのは、一部のマニアか変態に過ぎない。
こんな私でも何人かリピーターがいる。だから生活できる。
そいつらには、これでもかとばかりにアニメ声でサービスしてやる。
絶対逃がさない。私の生活がかかっているからね。
お店的にご法度な事も内緒で喜んでやっている。
彼らも分かっているのだ。私の弱みも――だから扱いは酷かった。
だけど皆、紙袋を頭に被せて、後ろからやるのはなぜだ?
不意に天啓が閃いた。私の後頭部が豆電球のようにパッと瞬く。
そうか。この手があったか!
最初からスーパーの紙袋を頭に被ればいいんだ!
早速、お店にかけあった。店長は首を傾げたが、許可してくれた。
その日からお店のHPに、紙袋を頭に被った女の写真が載った。
それに合わせて、私のお品書きもそれらしく書き換えられる。
私をお買い上げのお客様へ。決して頭の紙袋を外してはいけません。
スーパーの紙袋を外して私の顔を見た場合、返品は不可です。
これが私の取扱説明書だ。どうだ?売れるか?
売れた。爆釣りだ。世の中にこれほど変態が隠れていようとは!
いや、半分くらいは、面白半分で私を買ったのだろう。
残り半分は、私の使い方を心得て、リピートしてくれた。
元々顔以外は、身体よし、サービスよしなので、売れる要素はある。
この路線はイケると思った。だが真似する奴らが現れた!
私と同じように売れない奴らが、揃って真似し始めた。
お陰で一頃、どのお店のHPを見ても、紙袋を頭に被った女がいた。
これはヤバかった。カオスだ。変化形も現れて別の路線も生じた。
競争に晒されて、一番手の優位性さえ失い、元の木阿弥になった。
完全にやる気を失った私は、部屋に引きこもり、昔のアニメを見ていた。
昔、よく見ていた世界名作劇場を見る。『家なき子レミ』(注24)だ。
主人公が女の子の方だ。原作は男の子らしいが、こっちの方がいい。
OPとEDを何度も聞く。レミが歌うお母さんの歌もいい。お母さん……。
実家の母親はクソだった。家賃?現実?将来?もう何もかも嫌になった。
私は帰りたい。おうちに帰りたい。お母さん……。どこにいる?
ゴホゴホ。咳きこんだ。体調不良だ。仕事もできない。私は部屋を出た。
夜の街は、少しだけ雪が降っていた。今夜は積るかも知れない。
ふと、おでん屋さんの屋台が見えた。TOYOTAのバンがある。
白い割烹着を着た金髪碧眼の美少女がお店を回している。お母さん?
屋台のお客さんは独りだけで、そいつは仙人の姿をしていた。
熱で思考能力も下がっていたので、何の迷いもなく、屋台に座った。
一本のちくわが入った一杯のお椀をそっと差し出された。
美少女が「ん」「ん」と言いながら、横を向きながら渡してくる。
私はお椀を受け取ると、隣の仙人が白酒を注いだ。
「……今夜は冷えるな」
その仙人は言った。私はグラスをぐいっと飲み干すと、見返した。
「私、お客さんのちくわをお世話する仕事をやっているの」
ヤケになっていたかもしれない。洗いざらい全部、ぶちまけた。
仙人のお爺ちゃんは、糸のように細い目を見開いて、驚いていた。
その間、金髪碧眼の美少女は、スマホで誰かに連絡していた。
帰り道、歩きながら、インスタグラムを見た。皆キラキラしている。
だけど私はこんなに惨めで、こんなに酷い状態だ。在り得ない。
涙が零れた。帰りたい。もうおうちに帰りたい。お母さん……。
もうお母さんに会う事もなければ、私がお母さんになる事もないだろう。
ゴホゴホ。私は咳こんだ。両手を見ると、黒く変色している。
何だ?これは……。病気か?ぶつぶつもある。
私は雪の中に倒れた。スマホから手を離す。夜の街で遭難した。
ああ、私はもうダメだ。パトラッシュ。傍においで。
勿論、そんな犬はいない。世界は世界名作劇場ではない。
でも私の物語はここで終わり。このまま雪に埋もれて消えてしまいたい。
スーパーの紙袋を頭に被せられて後ろからやられる女、ここに死す。
さくさくと小気味よく雪を踏んで駆けて来る足音がある。
「……あれ?感染症に罹っているね。サービスで治しておくね♪」
頭に花が咲いている。とても明るい。お月様のようだ。月天様?
その女はシャラーンと水の羽衣を回すと、身体の中を風が通り抜けた。
不意に身体が軽くなり、元気になった。咳も消えた。私は驚いた。
「え?私?マイマイ!よろしくね」
その頭に花が咲いた女は、私に手を差し伸べた。天花娘娘と言う。
「あ!マリー!こっち!こっち!」
外人の女が現れた。やはり明るい。美しい顔をしている。人か?
「今幼稚園で保母さんを探しているのよ。あなたやらない?」
「……私、やりたくても、そういう資格がない」
「ああ、そういうのなくても大丈夫だから」
「……え?どうして?」
「あなた、お母さん好きでしょう?お母さんになりたいんでしょう?」
涙が流れた。ああ、神様……。もう何が何だか分からない。ただ頷いた。
「あなたの名前を教えて……」
「ああ、私?マリーっていうの。マドレーヌ食べる?」
その女はかつて娼婦であり今は聖女。マグダラのマリアと呼ばれていた。
世界で最も在り得ない女であり、最も不思議な女だった。
そして今はこの世界のどこかに存在する聖母マリア幼稚園の保母さんだ。
勿論、そのデリヘル嬢の魂が救済されたのは、言うまでもない。
注24 『家なき子レミ』1996年 世界名作劇場 第23作 日本アニメーション
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード51