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空母信濃、夢の島からの旅立ち

 その島は成長していた。小笠原諸島・西之島(にしのしま)だ。東京の遥か1,000kmの南に浮かぶ。この島が噴火を始めたのが2013年。噴火前は1平方キロメートルもなかったが、2019年には3平方キロメートルにもなっていた。6年で3倍だ。
 だが今はもっと大きくなっている。そしてその南に広がるフィリピン海に、さらに大きな島が出現していた。周りにも大小、様々な島が出現しており、活発な火山活動を続けて、島と島が繋がりつつあった。大陸形成だ。全て超地震・大津波の後に出現している。
 人々はすぐに気が付かなかったが、後にカルフォルニア沈没で喪失した北米大陸の西海岸の陸地面積より広い事が判明した。この島々が大陸となり、さらに広がるなら、フィリピンと繋がる可能性さえあった。それはオーストラリア大陸に匹敵する。
 仮に地球が、海7:陸3の比率を守るなら、これはさらにどこかが沈む事を示唆していた。だが大半の人々はそんな事など考えず、ただ喜んだ。陸地が増える事は良い事だと。しかし熾烈な争奪戦に入る前に、多くの国が天変地異と戦争に喘いでいた。
 ここに、新大陸に目を付けた国がある。日本だ。彼らは迅速に動いた。
 
 「……聖徳太子の地中石が欲しい?ウチのサイトで通販しているよ」
 その内閣総理大臣が、立花神社に電話すると、IT巫女がそう答えた。
 ネットにアクセスすると繋がった。HPで模型の通販をしている。なぜか聖徳太子兵器群という謎のカテゴリーまである。この神社は何をやっているのか?
 「……プラモデル・模型も売っているんだよ。他にはないよ」
 超精密なクリスタル・ピラミッドだとか、太陽の船の模型があった。
 「とりあえず、聖徳太子の地中石が欲しい」
 総理大臣は以前、立花神社に参拝した時の事を思い出していた。
 「……派手に宣伝しておくれ。新大陸を予言しているって。売れるだろうよ」
 実際、総理大臣がこの地中石を持って、マスコミの前で説明すると、飛ぶように売れた。どうやら、IT巫女はこの状況を見越して、模型を販売していたようだ。
 「……最近は3DCADで図面を引けば、後は金型を発注するだけだからね」
 大手に外注して、造らせているようだった。この婆さんは抜け目ない。
 「やはり、聖徳太子は未来の地球儀を作っていたのか?」
 地中石のサンプルを見ると、日本とオーストラリアの間、フィリピンの横の辺りに大陸が描かれている。最初、伝説のムー大陸かと思ったが、そうではなくて、小笠原諸島・西之島の南に広がる新たな島嶼群を指していたようだった。
 「……聖徳太子の予言は、ノストラダムス(注95)を超えているんだよ」
 「だがこうなると、新ムー大陸と言った方がいいな」
 まだ北半球太平洋側を襲った大津波の影響で、世界各国は混乱しているが、新大陸の形成に気が付きつつあった。今頻繁に火山が噴火して、造山活動をしている。
 「……行くなら急ぎな。日本列島もどうなるか分かったもんじゃない」
 「日本も沈むのか?」
 総理大臣が尋ねると、IT巫女は沈黙した。
 「……それは分からないけど、そういう未来があってもおかしくないね」
 「火山の上に乗っている島国だからな」
 最近、富士山が噴火した。九州の阿蘇山は大丈夫か?心配な処だ。
 「……日本が沈むかどうかは、日本人が神様を信じるかどうかに掛かっている」
 合衆国は1/3沈んでしまった。人々の行いが悪いからか。やはり善行が必要だ。
 
 総理大臣は長野で、少なくなった閣僚を集めると、辞任を表明した。
 「……え?今、このタイミングで辞任するのですか?」
 官房長官が驚いた。総理大臣は頷いた。
 「ああ、ちょっと疲れた。そろそろ引き際だろう」
 「……いやいや、待って下さい。問題は山積みですよ」
 官房長官は指摘した。今も大陸から水爆で脅されている件が続いている。
 「後は外務大臣に任せる。彼なら立派に務めてくれるだろう」
 総理大臣は外務大臣とアイコンタクトを取った。他の閣僚は動揺している。
 「……総理、考え直して頂けませんか?この状況は総理でないと判断できない」
 総務相が引き止めに掛かった。他の閣僚も頷いている。怪力乱心万歳?
 「せめてひと段落するまでやって頂かないと困る」
 官房長官も言った。最近起きている事象を考えると、この総理でないと対応・判断できない案件が多い。特に未知の出来事に対して、この総理は対応力が高い。
 「……外務大臣も多少の心得はある。大丈夫だろう。それよりも支持率だ」
 総理大臣は、各マスコミが発表している調査を閣僚に配った。
 「支持率は上がっていますが……」
 総務相は首を傾げながら、資料を机に置いた。そうなのだ。最近上り始めている。
 「……いや、これは当然でしょう。次々起こる異常事態に対処している」
 官房長官も言った。最近、初めて賞賛の声も上がった。大陸からの核の脅しに、一歩も退かず、堂々と屁理屈を述べている姿が、左翼からも絶賛された。霧の艦隊襲撃でも、冷静に対応したし、津波対策も先手を取って、被害を抑えた。
 「このまま行くと、国民は私を頼り、長期独裁政権を作る事もできる」
 総理大臣がそう言うと、閣僚たちは互いに顔を見合わせた。
 「……何の問題があるのですか?むしろ総理の狙いだったのでは?」
 官房長官が指摘した。総理大臣は見た。
 「気が変わった。私は旅に出る。探さないでくれ」
 皆、意味が分からないという顔をしていた。官房長官が尋ねた。
 「……一体、何処に行こうと言うのです?」
 「空母信濃で、新大陸にピルグリム・ファーザーズだよ。1620年気取りさ」
 ちょっと意味が分からない。閣僚たちは外務大臣に解説を求めた。
 「……日本から移民を率いて、新大陸に入植をやるのですね」
 「ああ、そうだ。これは私が人を集めて、やるのがよかろう」
 閣僚に驚きが広がっていた。小笠原諸島とフィリピンの間で、新しい島嶼郡が急速に成長している件はすでに知られている。大陸形成だ。だが入植とは?
 「日本が一番乗りしたい。陣取り合戦だ」
 多少、閣僚に理解が広がった。確かにそれはやるべきだろう。しかし今か?
 「……まだ火山活動が活発です。危険では?」
 総務相が言った。総理大臣は答えた。
 「落ち着いてから行っては間に合わない。各国、船がない今がチャンスだ」
 総理大臣は指摘した。太平洋側の国々は、津波で多くの船舶を失っている。
 「……ですが海上自衛隊は限界です。稼働率は20%を切りました」
 海将がそう言うと、統合幕僚長も頷いた。先の大戦期米艦隊襲撃で、さらに稼働率が下がった。もう動かせる艦が少ない。事実上の壊滅状態だ。
 「信濃を使う。昔の艦だが、構造的には軍艦の水密区画を持っている」
 「……回せる護衛艦がありません」
 海将がそう言ったが、総理大臣は必要ないと言った。
 「信濃だけで行く。多少の回転翼機や固定翼機は借りるがな」
 総理大臣は、空母信濃単独で、それなりの人数や物資が運べると考えていた。
 「……総理の目的は入植だけではないのですよね?」
 官房長官が尋ねると、総理大臣は答えた。
 「ああ、全く新しい国作りだ。各国も遅れて入植するだろうが、日本人が先導して、新大陸で新しい文明を興したい。神話の創生だよ」
 閣僚たちは、総理の辞任を受け入れた。確かにこのミッションは、総理大臣に任せるのがよいだろう。残された日本は、自分たちで切り盛りして行くしかない。
 その日の夜遅く、総理大臣は国民向けの談話で、辞任を表明した。そして同時に、新大陸への入植者を募った。その時、聖徳太子の地中石のレプリカが大活躍した。
 
 飛行甲板のあちこちに旗が立っていた。怪力乱心の四文字が躍る。
 空母信濃だ。東京湾、夢の島に停泊していた。正確には夢の島にあった場所に、仮設港を造っている。江東区の中でも、比較的夢の島は、海抜が高く、橋桁を置けた。隣の葛西臨海公園や、その隣の東京ディズニーランドは水没している。
 信濃の出航準備は進められていた。空母信濃、夢の島からの旅立ちだ。
 水は大分引いて来たが、それでも都内の大半は水没し、一部の高台やビル群だけが、水面から顔を出していた。遠くに都庁のツインタワーが見えた。片方、折れている。東京都知事は行方不明のままだ。FTSも壊滅した。
 移民希望者は多かった。一時金目当ての者もいたが、明らかに危険を伴う。命の保証はない。前総理だけが頼りだった。陸上自衛隊も一個大隊、行く事になった。航空自衛隊からは、2021年に退役したファントムF-4EJ改を受領した。
 前総理は、信濃に着艦したCH-47JAチヌークから降り立った。飛行甲板に集まっていた人々が出迎える。なぜか歓声が上がった。ここは支持者が多い。
 「……お父さん、私も行くね」
 その魔法少女は、前総理の娘だった。新大陸の入植に参加する。サトル君は、置いて来た。ニートだからだ。役に立たない。ネット空間から支援すると言っているが、これだけ接続状態が悪ければ、大した事はできない。にぎやかしだ
 他にも、小竹向原の剣豪と名乗る者や、フォースの使い手を名乗る謎のフランス人ジャックや、ハリウッド映画の元スタントマンにして、ジ〇ダイの騎士ジョンがいた。元デリヘル嬢で今は聖母マリア幼稚園の保母さんも、移民希望者にいた。
 この人たちに共通しているのは、怪力乱心だ。神様も信じてる。
 無論、仙人こと、左慈道士や、魏徴もいる。花咲爺やサンタクロースも同行する。死神美少女とサンソンは日本に残る事にしたので、遠くから見送りだ。天花娘娘は行く事にした。アマビエちゃんも連れて行く。感染症対策だ。
 「無事に出航できれば、いいがな」
 サンタクロースがそう言うと、花咲爺がほれと指差した。無数の黒いものが空を飛んで信濃に近付いて来る。仙人こと左慈道士は、杖を手に取った。
 「……偵察総局の残党だな」

注95 Michel de Nostredame(西暦1503~1566年)主著『Les Prophéties de M. Michel Nostradamus』1555年 予言者・詩人・医者・料理研究家 フランス

                                   『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード119

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