東側は西側と永遠に和解できないのでしょうか?
都内某所で、議員一年生は、週刊誌のインタビューを受けた。日本国全権大使として、北方の大国と平和条約を締結、新内閣で外務大臣就任が決まり、内外の注目を集めている。
「……なぜ、このタイミングで、平和条約を締結したのでしょうか?」
週刊ユウヒの女性記者は、議員一年生に尋ねた。突然の出来事に国民も驚いた。
「それはこれ以上、日本が欧州大戦に関わらないためだ」
議員一年生は答えた。日本は今、大陸、半島、北方の大国と水爆で武装した三カ国に囲まれている。これ以上、問題を増やしてもよい事はない。欧州の問題は、欧州に任せればよい。
「……なぜ日本は欧州大戦で、西側に立ってはいけないのですか?」
「正義がないからだ。日本の国益もない」
「……東側は侵略者で、西側に正義があるのでは?」
「これはキューバ・ミサイル危機(注65)の再来だ。NATOの東進が原因だ」
あの時はカストロ(注66)が、カーキ色の道化師だった。立ち位置もよく似ている。
「……それは東西勢力干渉地帯が、NATOに加盟して、ミサイル基地を作る事ですか?」
「そうだ。モスクワに近過ぎる。ミサイル基地が出来たら、アウトだ。だから先に動いた」
北方の大国の大統領は、そういう事を何度も言っている。それはその通りだと思う。
「……まだ東西勢力干渉地帯は、NATOに加盟していないし、基地もできていない」
「できてからでは遅い。東側は西側の言いなりにならざるを得ない。これは防衛戦争だ」
すると週刊ユウヒの女性記者は、暫くの間、質問する内容を考えていた。
「……東側は西側と永遠に和解できないのでしょうか?」
「西側が東側を、ハートランドと言う地政学的観点で、捉えている限り無理だ」
北方の大国は、天然資源が豊富にあるので、ユーラシアの核心部分と言われている。西側はハートランドを支配したいのだ。これは19世紀から続いている試みだ。西側の闇だ。
「……北方の大国は、なぜ、このタイミングで、平和条約を締結したのでしょうか?」
「欧州大戦で、北方の大国は孤立していたからだ」
「……白ロシアのように、日本も抱き込んで、東側に立たせるために?」
「いや、そうではない。業腹ものだが、これは日ソ中立条約の時と似ている。一種の打算だ」
自分は断じて、松岡洋右ではない。国際連盟で席を蹴って、退場した奴と一緒にするな。
「……似ているというのは、状況ですか?」
「そうだ。欧州情勢は複雑怪奇という奴だよ」(注67)
後にこの発言が、議員一年生をますます松岡洋右と結びつける事になる。口は禍の元だ。
「ただあの時より、今の方がより危機的だ。限定核戦争まで起きている」
「……欧州大戦について聞かせて下さい。大統領は何と言っていましたか?」
「モスクワ近郊にまで、HIMARSのロケット弾が落ちてきたので、弾道ミサイルで反撃を指示したと言っていた。だがあくまでもそれは通常弾で、核ミサイルではないと言っていた」
東側から弾道ミサイルが、三発飛び、そのうち一発が、ポーランドの燃料・弾薬集積地に落ちた。西側は、ここに核攻撃を受けたと主張している。その結果、相互確証破壊に入り、東側の飛び地が、西側の核攻撃を受けた。バルト海沿岸の件は、双方核攻撃と認めている。事実だ。
「……ポーランドに核攻撃をしていないという、大統領の発言を信じますか?」
議員一年生は、大統領との対話を思い返した。白い5mの長テーブルが見える。
「……要するに西側は、これで終わりにしたいだけだ」
大統領はそう言った。手打ちという事だろうか?双方、核の被害を受けたという事で。
「……限定核戦争までやった。これ以上、戦う訳にはいかないと世界に言いたいらしい」
日本国全権大使は黙っていた。確かに今、欧州大戦は止まっている。
「……西側も支援に限界がある。支援が尽きる前に、引き分けに持ち込んだ訳だ」
双方、限定核戦争をやった事にして、戦争を幕引きにする。実質、西側の負けか?
「……だが我々は核を撃っていない。核を落とされただけだ」
夕方、部屋に射す光の加減で、大統領の表情は暗くて、よく見えなかった。
「……西側が何と言おうと、事実は変わらない。これは一方的な核攻撃だ」
バルト海に面した東側の飛び地は、消失した。人類三発目の核攻撃だった。実は冷戦期から、あの都市は、相互確証破壊に入った時、第一目標にされていた。それが最近、実現した。
「……我々は西側のウソには騙されない。相互確証破壊はまだ有効だ。我々のターンだ」
どうやら、大統領には、何か考えがあるようだった。それが何を意味するのか、分からない。
「ジェットスキー大統領は、西側に支援を要請して、まだ継戦を叫んでいますが?」
現在、東西勢力干渉地帯は、砲火が止んでいる。限定核戦争が起きたせいだ。
「……道化師はショーが終われば退場する。我々が興業主だ」
カーキ色の道化師は、東西勢力干渉地帯を早く、NATO加盟、EU加盟に持ちこもうとしている。だが西側の反応は鈍く、当面の間、入れる気はないように見える。この大統領が、西側に支援を呼びかけて、戦争を広げようとしている姿勢を、危険視している者たちもいるのだ。
「西側を巻き込まず、ジェットスキー大統領だけ退場する?」
日本国全権大使は尋ねたが、大統領は何も答えなかった。
「……この平和条約締結は、日本の状況をよくすると信じたから、行ったのですか?」
週刊ユウヒの女性記者が尋ねると、議員一年生は答えた。
「そうだ。そう考えたから行った。旧敵国条項の適用も一つ外した」
これで北方の大国とは、当面トラブルは起きない筈だ。平和条約締結は予防策だ。
「……いずれ大陸も、外してもらうように交渉するのですか?」
「共産党と和解の道はない」
議員一年生は断言した。共産主義なんてまっぴらごめんだ。この地上から消えてくれ。
「……でも今回の外務大臣就任に際して、大陸の国家主席から祝辞を頂きましたよね?」
議員一年生は、口をヘの字に曲げた。そうなのだ。なぜか祝辞が届いた。意味が分からない。
「……一体どのような事が書かれていたのですか?」
「你会正确扮演反派角色吗? 永远不要假装自己是个好人」
(ちゃんと悪役をやっているか?くれぐれも善人の振りはするな)
週刊ユウヒの女性記者は、思わず笑ってしまった。これではただの私信ではないか。
「まるで全部分かっていると言いたげな、そのもったいぶった言い方が気に食わない」
議員一年生は、憤慨していた。大量虐殺者のくせに、なぜそのような事を言う?
「……北方の大国の大統領といい、大陸の国家主席といい、なぜか好意的ですね」
週刊ユウヒの女性記者は微笑んでいた。ますます面白くない。
「……独裁者に好まれる性質をお持ちなのでしょうか?」
大陸の国家主席は、新総理には祝辞を送っていない。これは一体何の嫌がらせだ?
「私は独裁者ではない。ただの政治家だ。ちょっと無作法かもしれないが」
「……怪力乱心を使うという噂がありますが、本当ですか?」
国連安全保障理事会の椅子の件を、言っているようだった。検証動画も今、出回っている。
「ノーコメントだ」
「……否定なさらないんですね」
週刊ユウヒの女性記者は、ちょっと感心した様子で答えた。場が和む。いや、それは困る。
「現代には、悪い事をやっているいい人が沢山いるが、私はいい事をやっている悪い人だ」
議員一年生がそう言うと、週刊ユウヒの女性記者は目を瞬いて、小首を傾げた。
「……と、いいますと?」
「私は世間の流行りや常識を否定し、その反対側に向かって歩く男だからだ」
どうだ悪い人だろう?と議員一年生が肩を竦めると、沈黙が訪れた。
「……それが悪い人かどうか、私には分かりませんが、そのいい事をやっているとは?」
「善行だよ。善行。それしかない。私は悪い人だが、この通り、断じて悪人ではない」
女性記者は再び目を瞬いた。ちょっと首を傾げている。意味が通じていないようだ。
「私は邪見を破砕する。今の世の中、間違った見解が多過ぎる。もっと古典を読め」
「……でも古典が全て正しいとは思えませんが?」
「無論、そうだ。ニーチェも、マルクスも、ダーウィンも、今や古典だからな」
「……古典にも間違ったものはあるなら、現代も変わらないのでは?」
「古典は議論が積み重なってできている。その中から真実の光を選べ」
女性記者はメモを取らなかった。スマホで録音でもしているのかもしれない。
「……結局、それも一つの見解ですよね?」
「それはそうだ。人は誰しも思想を持つ。公園で遊ぶ子供たちにだってそれはある」
「……それは思想というより、常識ではないですか?」
「その常識が問題なんだ。古典から見て、現代はあまりに非常識が多過ぎる」
「……DXだけでなく、脱炭素、地球温暖化問題にも反対しているそうですね?」
「そうだ。地球の事は地球に訊け。間違った知見で、政治問題化するな」
例えば、あの気候変動少女は、一種の革命家だろう。環境左翼だ。共産主義の亜種だ。
「……LGBTQに嫌悪感を示しているそうですね?」
「家族が壊れ、社会が崩壊する。人類が滅びるだろ。どこか他所の星でやってくれ」
なぜ健全ではない少数派が、健全な多数派を圧倒する?これも権利を叫ぶ左翼の一種だ。
「……今は聞かなかった事にしますね」
「どちらも敵を定めて攻撃している。辿り着く社会はディストピア。新手の共産主義だ」
環境問題は、科学のお面を被った新手の政治問題に過ぎない。なぜそれが分からない?
「……でも凄く流行っていますよ。皆信じている。敵を作り過ぎては、勝てないのでは?」
週刊ユウヒの女性記者は控えめに助言した。それはそうだ。敵は少ないに越した事はない。
「同時に全方位、敵を作るつもりはない。西側のグローバリストは後回しだ。先に大陸を何とかしないと日本が滅びる。水爆で脅されれば、東京バビロンだって在り得る。捕囚だ」
また新しい言葉が飛び出したが、女性記者は見事にスルーした。空想家と思われたようだ。
「……大陸も西側も左翼的ですよね」
「新理論で革命さ。敵は断頭台に送る。左翼に神仏はいない。だから平気で悪い事をやる」
その結果が、ドクロの山だ。クメール・ルージュ(注68)だけがおかしかった訳ではない。
昔、ドイツで心臓は左で鼓動すると豪語した者がいた。だからどうしたと言いたいが、人間が左なのは、アプリオリだと言いたいらしい。そんな訳はない。左翼は文学が上手くて困る。
「神の代わりに科学が上に座る訳だ。そして新理論を振り回して、流血革命を断行する」
その後も、言いたい放題言った。ストレスが溜まっていたのかも知れない。こういう時、話を聞いてくれる女の人は必要だ。それが週刊ユウヒの女性記者のインタビューだった。
注65 1962年、ソ連がアメリカ直下のキューバにミサイル基地を作ろうとして起きた事件。
注66 Fidel Alejandro Castro Ruz(1926~ 2016年)政治家、革命家 キューバ
注67 1939年、独ソ不可侵条約成立時、平沼内閣辞任の言。翌年、松岡洋右が外相就任。
注68 1975~1979年。カンボジアの共産党政権。ポルポト派。自国民をジェノサイドした。
『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード92