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あたしは夢魔

  淫魔サキュバスになって分かった事がある。
 この身体は最高だ。ずっと変身していたい。
 あまりに気持ちいいので、やめられない。中毒だ。
 男を殺すために造られたこの身体は、女にとって最高だ。
 特に童貞からエナジーを吸い取る瞬間が堪らない。美味しい。
 世界にこんな秘密があったなんて知らなかった。禁断の快楽だ。
 今なら始原の園で、女が男を誘惑した気持ちがよく分かる。
 一度でも、この快楽を味わうと他の事がバカらしくなる。
 あたしは夢魔だ。夜、男たちの枕許に立ち、淫夢に誘う。
 かつてあたしはビーと呼ばれ、この世界の女王を目指していた。
 いや、ある意味では、今もそれは変わらないが、軌道修正した。
 この身体を維持するためにもうお金は要らない。必要なのはエナジーだ。
 エナジーは、人間の生命エネルギーと欲望が混じったものだ。
 だから寝る、食う、やるの三大欲望と結び付いている。
 量産型サキュバス四号機とやらになったが、あたしはあたしだ。
 家畜みたいにお尻に四号機とブランディングされ、商品みたいに左胸にバーコードを張られても変わらない。この全身を染め上げるピンクのタトゥーをデザインした。女王蜂を表している。胸は大きくしなかった。ちょっと下品だと思ったからだ。このままでいい。
 量産型サキュバスは白を基調とし全部で6体いるが、他はよく知らない。
 皆、自分が大切で自分が特別だからだ。よく知っているのは零号機だけ。
 アレはプロトタイプで、特別仕様らしい。研究開発用で、拡張性が高いらしい。
 初号機と弐号機はよく知らない。それぞれ青と赤がパーソナルカラーだ。
 特殊装備に換装できて、他のサキュバスにはない大きな力を持つらしい。
 特にドイツから来日した弐号機は、スペックがピーキーだと聞いている。
 それに対してあたしは最初から完成している。汎用型なので拡張性は低い。
 だが淫魔サキュバスになるためには、低能力者という資質が必要だった。
 あたしの場合、催眠術だった。疲れている男を眠らせる力がある。ラ〇ホー。
 子守唄でも歌えば一発だ。あたしほど男を眠らせる事に特化した女はいない。
 量産型サキュバスでも個体差があり、それぞれ固有の力があるらしい。
 だから量産型サキュバス四号機は夢魔と呼ばれた。男たちを淫らな夢に堕とす。
 可笑しかった。ハッキリ言って、あたしみたいな女は世界に必要だろう。
 男と女がいる限り夜は続く。どこまでも。歴史の始まりから終わりまで。
 でも安い娼婦ではない。あたしは夢魔だ。淫魔サキュバスだ。高級娼婦だ。
 男という花の上で、ダンスを踊り、蜜を集める。童貞というローヤルゼリーを味わう。
 ああ、可笑しい。こんな喜び、こんな快楽があったなんて!
 今まで男たちはミツバチだった。だが今は違う。お花だ。肉の花だ。
 あたしはビーとなって、花の上でミツバチのダンスを踊るのだ!
 
 地上には夜がある。
 そして夜はあたしの時間だ。
 疲れた男たちの耳元で囁く。
 昼間の仕事や勉強で疲れた事だろう。
 今夜あたしの甘い声はどう?お歌を歌うよ。ラ〇ホー。
 貯め込んでいたものを全部、あたしにぶちまけて欲しい。
 ふふ。遠慮は要らないよ。夢だったら、幾らでも乱れてあげる。
 あたしと夜を楽しもうよ。朝なんて知らない。
 会社なんて休んじゃえ!学校なんて忘れちゃえ!
 あたしは、夜な夜な街を飛び回って、童貞君を探した。
 学生やサラリーマンで童貞君を探すのは中々難しかった。
 童貞君は匂いで分かると言われるが、それは本当だ。
 あたしの鼻は童貞君を感知する。ビーだからね。花は見分けられる。
 童貞君たちは夜、夢か現実か分からない世界の狭間に堕ちるのだ。
 夢の水先案内人はあたし。甘い声で今夜も童貞君を淫夢に誘うよ。
 
 幼馴染君は必死になって働いていた。黒い影も一緒に動いている。
 可哀想に。もうそんなに働かなくてもいいのに。
 あたしが欲しいのは、君のエナジー。お金じゃない。
 でももう幼馴染君の童貞は頂いた。最初に試した。
 美味しかった。純度が高い。最高のエナジーだ。黒い煙が立ち込める。
 幼馴染君が20数年間、溜めて来た夢と希望が詰まっている。
 その中には、あたしとの思い出も含まれている。だから美味しい。
 女の子にそんなに夢を見ていたんだね。可哀想に。
 でもあたしが全部、頂きました。君の夢ごと。
 もう搾りかすみたいなエナジーしかないけど、気が向いたら行くよ。
 それまでお身体は大切にね。お金はもういいから。
 
 もう、他の女が邪魔だった。
 あたしは全ての男が愛せる。女王様だからだ。
 どんな男でも問題ない。ウエルカム、カモン、レッツゴーだ。
 そういう自信がない女は下がって欲しい。夢魔の資格がない。
 他の淫魔サキュバスも邪魔だ。人類の男、全てを独占したい。
 今、あたしはそういう衝動で生きている。
 ああ、何て愛しくて、美しいあたし。あたしは新生したのだ。
 新世界の女王はあたしだ。黒い影と黒煙が立ち込める。モクモクと。
 
 地獄ホスト、悪魔営業から、修行者を惑わせという指示が降りた。
 ちょっと意味が分からない。だが修行者は童貞の集団らしい。
 そんな美味しいスポットがあるなら、何で最初に教えない?
 あたしは修行者の群れを探した。いた。それは世界の狭間にあった。
 変な幼稚園とか、変な老人ホームの近くにあった。
 なんか寺みたいな場所にいる。「煩悩寺」と書かれている。
 皆トレーニングをしている。中国の少林寺みたいな雰囲気だ。
 なぜか、英語の前置詞108個と仏教の煩悩108個が並んでいる。
 これはどういう符合なのかよく分からない。お寺のお題?
 この寺ではなぜか語学が推奨されていた。国際人を目指すらしい。
 確かに色んな国から男たちが集まっている。皆童貞だ。
 その胸にこの世に存在しない並行世界の恋人を理想として描いている。
 男たちは、自分の理想の想い人がどれだけ素晴らしいか語り合っている。
 可笑しい。笑える男たちだ。何と幼く、何とあどけないのだろう。
 きっとこれは美味しい。極上の味が楽しめる筈だ。誘惑のしがいがある。
 寺の敷地には結界が張ってあった。女人禁制と書かれている。
 何度侵入を試みても弾かれた。悔しい。そこに禁断の園があるのに。
 どうやら淫魔サキュバスじゃなくても、女は全部遮断されるようだ。
 善悪関係なく女を遮断するなんて許せない。これは違法ではないか?
 あたしは憤慨した。神様!いるなら出て来い。違法建築ですよ!
 いや、この世界にいる限り、夜がある限り、女が必要ないなんて在り得ない。
 絶対、中に入れる筈。あたしは僅かな綻びも見逃さない覚悟で張った。
 あった。ごく僅かだが、結界に揺らぎがある。綻びがある。
 修行者の一人が、若さを抑え切れないでいる。あたしは微笑んだ。
 可哀想に。今すぐあたしが駆けつけてあげるからね。
 寺内部の人の心の乱れにつけ込んで、あたしは煩悩寺に侵入した。
 目的の修行者を見つけると、あたしは早速、耳元で囁いた。
 「お疲れ様。もう苦しまなくていいよ。あたしの胸でお休み」
 あたしがその修行者に囁くと、たちまち光輝いて姿が変わった。
 筋骨隆々な羅漢仁王像?いや、動いているから像ではない。
 「……醜くて貧しい女よ。立ち去れ。ここはお前の来る処ではない」
 ただただ恐ろしかった。これは人ではない。男ではない。何だ?
 背後から赤い炎と黄色い光が吹き出し、羽模様が曼荼羅のように回っている。
 「我、寺を護持する不動明王(アチャラナータ)なり。立ち去れ!」
 あたしは一喝されて、寺の外まで飛ばされた。
 ダメだ。全然力が違う。段違いのパワーだ。
 淫魔サキュバスでは勝てない相手だ。アレは何だ?神様の一種か?
 今まで、神とか、仏とか、考えた事がなかった。見た事がなかった。
 そんなものいないと思っていたし、自分に関係ないと思っていた。
 だがあたしは淫魔サキュバスだ。夢魔だ。催眠術が使える。
 あたしみたいな存在がいるなら、その逆もまたいるのか?
 悪魔がいるなら、神もまたいるのか?あたしは世界が分からなくなった。
 善悪は存在するのか?学校でそんなもの習っていない。
 法律に従えだけだ。あとはお金の力を知っている。
 だが今はお金から関心が離れている。欲しいのはエナジーだけだ。
 いや、このエナジーって何だ?どこから来ている?
 あたしは空を見上げた。太陽が輝いている。眩しい。
 根本的な疑問が生じていた。あたしは?この世界は?
 これは正しいのか?そもそも意味があるのか?あたしの人生は?
 あたしは変身を解いた。人の姿に戻ったのは久しぶりだ。
 あたしは迷っていた。どうしたらいい?幼馴染君……。
 
 「……現時刻をもって四号機を破棄」
 地獄ホスト、悪魔営業は司令室のモニターを見てそう言った。
 「副司令、四号機は暴走している。処置を頼む」
 2メートルを超える黒マントの大男は無言で、白衣を着た外人を見た。
 「Einheit zwei, beginnen」(弐号機、起動)
 
          『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』エピソード62

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